福来:薫布

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『う~ん、いいお返事ね。ますます気に入ったわ。じゃ、三つ目の前に緑如ちゃんにもお題。……アナタも福来ちゃんと同じよ。でもひとつ、いい条件をつけてあげる』  怒涛のごとく続けた言をいったん区切り、ゆったりと茶を口に運んでから、緑如を見つめた。 『わたしを、選びなさい。そしたら今夜は、どこにも行かなくていい』 『 ! 』  緑如の身体が揺れた。  長いまつげを伴う細い目が開き、その後にぱちぱちと瞬く。細いのに、その聡明と繊細と底に溜める情の深さまで窺える緑如の目が、驚きに惑っている。 『どこにも行かなくても、何も起きないから。安心して、二人で楽しく肉鍋でもつつきなさいな』  今夜。私が肉鍋に誘った折に緑如はびくりとして……今のようにびくりとして、用があるのだと言った。  常のごとくに、いかなる用かは訊かぬままだが。 『さ……さような件は私だけにおっしゃるべきでは』 『福来ちゃんの目の前で堂々と内緒話をする、その練習よ。ねえ福来ちゃん、こんな時も気にしないでね、間違っても嫉妬なんかしちゃだめよ。ま~~嫉妬なんて所詮百害しかない、ほんとに無駄な情なのだし』  ねえ、と寵妓様が私を向くからには、私もしかと首肯する。 『今夜は……確かなお話ですか』 『この旦那様はね、とぉっても偉いのよ。で、わたしに夢中なの。うふふっ』  しなを作った寵妓様が客主の頬にぶちゅぶちゅと紅をつけ、客主は笑みにて受け入れる。思えば寵妓ゆえに当然だ。諦観の笑みに見えるは気のせいだろう。 『ねえ~ん、旦那様、布の仕入れの旅ったら楽しかったわよねえ~。熊を護衛に、ふたりっきりで何泊も。うふんっ』 『ぶふっ。そうだな、あの熊は護衛としては最強だ。美しきそなたとの夢のごとき旅路であった』 『髭もじゃ熊のくせに、お花の柄が大好きでねえ』 『お陰で女子好みの布まで良い品を見繕えたな。はーははは』  二人はしばし題を逸らして、緑如の惑いが落ち着くのを待つようだ。  やがて時宜を見て、寵妓様がすっくと立ちあがった。
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