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 温かい格好をして、荷物を一つだけポケットに突っ込む。シオンにも、細身が曖昧になる防寒をしてもらった。  徒歩圏内にあるはずの海からは、塩の香りがしなかった。柔らかな雪は、既に世界の大半を乗っ取ろうとしていた。 「ずいぶん白くなったね、シオン」  伸ばした足跡も、数分も立たずに消えただろう。 「……ごめん、寒いよね。そうだ、手を繋ごうよ」  俯き気味のシオンは、白い息で同意した。差し出された手は冷えきっており、既に死人同然だった。  細身の体が、衣類だけで気温に勝てるわけがない。でも、それでいいのだと喜んだ。    無人の海は、夏ごろとは違う空間と化していた。例えるならば、丸ごと切り抜いて取り替えたよう、とでも言おうか。  舞い散る雪が、後追い入水を繰り返している。雪を取り込んだ水辺以外は、全て連結した雪に満たされていた。世界に二人、そんな特別な気分になった。 「冬の海も綺麗なものだね……水、冷たいかな」  手を離し、小さく駆ける。思いっきり水を蹴ると、飛沫が顔にかかった。  冷たさに神経が驚いたが、構わず何度も水遊びをした。 「シオン、おいで」  ポケットに忍ばせた、荷物を手に翻る。 「一緒に天国へ行こう」 「…………うん」  睡眠薬の箱を、シオンは迷わず手に取った。
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