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「シオンただいまー。外、雨凄いよー」
自分で鍵を開け、家に入るのは習慣である。灯りがないのも声がないのも、よくあることだった。
そういう時は、調子を崩して部屋で眠っている――状況を読んでは、動きを本能的に小さくしたものだ。
静かに靴を脱ぎ、廊下の電気もつけずにリビングに入る。除湿器をつけ、こっそりカップ麺を拵える。その日も何一つ疑わず、音だけを気遣って過ごしていた。
もう少し、敏感な人間でいたかった。変化に気付ける繊細さを持ちたかった。
あの日を――崩壊の始まりを通りすぎる度、どうしようもない後悔に苛まれる。
異変を知ったのは、八時を回った頃だった。
シャワーを浴びようと廊下に出たとき、玄関から音がした。忙しく物のぶつかり合う音は、一瞬で僕を焦りの渦へと突き落とした。
「シオン!?」
部屋に篭っているとばかり思っていたのに。そもそも、夜に外出することなんてないのに。
一向に点かない明かりを、怖れる指で付けた。照らされた姿は、混乱に追い討ちをかけた。
「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
乱れた髪に、擦り傷を負った鞄。腫れた目蓋に、赤く虚ろな瞳。ボタンの取れたワイシャツは型崩れしている。傷を負った全てが雨にまみれ、ぬれそぼっていた。
それらは、ただならぬ一件の存在を、弾丸のごとく突き付けてきた。
「……スグリ……?」
縋る子供のような目を、くっきりと覚えている。本能的に抱きしめた時、包み込めてしまうほど細い体が震えていた。なのに、じっとりと濡れた体は熱かった。
「……わ、わた、私……」
言葉を殺すよう漏れだした嗚咽が、次第に声を含めていく。
結局泣き疲れて眠るまで、シオンは大泣きした。
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