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「シオン、病院に行こうよ」 「行かない」 「そう、じゃあご飯を食べようよ」 「いらない」  もう何日もまともに食べていないよ――そう言おうとして、何度も噤んだっけ。  たった一日で、いや僕の見知らぬ数時間で日々は打ち砕かれた。  ベッドの支配は舞い戻り、病院すら行けないままで六ヶ月。当然薬は尽きており、病状の悪化は必然だった。  こうなれば、強制入院も致し方ないとは思ったが、嫌がるシオンを引きずる勇気はなかった。  シオンがベッドで涙する度、僕にも感情が乗り移ってきた。パソコンという壁がなければ、顔面まで同じになっていただろう。  長期戦になると見込み、転職した。在宅勤務できる会社に勤め、シオンを孤立させないよう見張った。糸の上に立つような彼女を、見張らずにはいられなかった。  当然、遊びも買い物もいけない。夏を通り越したが、その年は海にも行けなかった。 「ねぇスグリ……」  声には何度も驚かされた。けれど、表面には現れないよう制御した。 「何シオン、どうしたの?」 「死にたい……」  事件後五ヶ月経って、シオンは突然死を願いはじめた。ずっと堪えていたのだろう。以降、一日も経たず口癖になってしまった。 「シオンが死んだら僕が嫌だよ」 「なんで。私なんか迷惑かけるだけじゃん」 「シオンを愛してるからに決まってるでしょ。もう僕は、シオンなしじゃ生きられないんだよ」  これは真実だ。シオンのいない世界など考えられなかった。考えたくもなかった。空想の時点で体が刻まれ、崩れる錯覚に襲われるのに。現実となってしまっては困る。なんて。  現実にしてしまったのは、僕自身なのだけど。 「…………スグリ、やっぱりご飯食べたい。ふわふわのオムレツ……」 「いいね! すぐ作ってくるから待ってて!」    具体的な注文は、僕にとって回復薬だった。シオンも、慰めになると知って口にしたのだろう。謝罪の代わりなのかもしれない。  なんて、楽観的な辻褄合わせをしながら、玉子を四個冷蔵庫から出した。  メレンゲを作り、調味料を細かに計る。火加減を調整して焼き上げ、ケチャップでハートマークを作る。手間の多さにも、シオンを想えば意義を見つけられた。なのに。
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