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「賢太、お弁当よ」
そう言ってお母さんが広げてみせるのは、昔ボクが好きだったアニメのキャラ弁。
ノリがズレてビミョーな顔になっている。
でもボクはうれしくて、お母さんの顔をのぞきこむ。
きっとお母さんの顔はペラペラの写真だ。
止まったまま、色あせて茶色くなった笑顔をうかべてるんだろう……。
「……ふふふん、ふふふん」
変な鼻歌が聞こえてくる。
よく見ると、お母さんの顔が美沙さんの顔になっていた。
美沙さんが線のような目を細めて「てへへっ」と笑う……。
「ふふふん、ふふふん……」
「う……わああっ!」
ボクはガバリと布団の上に起き上がる。
何だかパジャマがじっとりしていた。
シャッとカーテンを開けて見上げてみると、そこはピカピカの青だった。
ボクは置いてあった体育着に急いで着がえる。
階段をおりていくと、洗面所で冷たい水をバシャバシャと顔にかけた。
「賢太君、おはよー。早く朝ごはん食べちゃってね」
美沙さんは今日もネコのエプロンをつけている。
「小学校最後の運動会だからね。お父さんとっても楽しみだ」
お父さんはビデオカメラをいじりながらそう言った。
「運動会、ふふんふふん……」
美沙さんがキッチンで変な歌を歌っている。
ボクは小さくため息をついた。
やっぱり美沙さんがお弁当を作るんだ……。
お父さんは、毎年運動会の時は朝早く起きてお弁当を作ってくれていた。
お父さんが作ってくれるのは、サンドイッチとレトルトのハンバーグとフルーツ。
いつも同じメニューだったけれど、料理の苦手なお父さんがボクのために作ってくれた卵サラダやツナサラダ、買ってきたハムとチーズとレタスをはさんだだけのサンドイッチは、どれもとってもおいしかったんだ。
ボクはトーストの耳をガリリとかじる。
「賢太の勇姿を美沙に見せることができてうれしいよ」
「ホントねー。楽しみー」
美沙さんが歌うようにそう言った。
食パンを牛乳で無理矢理流しこむと、ボクは急いで立ち上がる。
「賢太、よくかまないと消化に悪いぞ」
「今日は早く行かなくちゃなんないんだよ」
「賢太君、お待たせー」
美沙さんが持っている物を見て、飲みこんだはずの食パンが口から飛び出しそうになった。
カラフルなサンドイッチケースにつめられているのは、ツナと卵、そしてハムとチーズとレタスを合わせたサンドイッチ。お父さんが作ったのと違うのは、食べやすくカットされ、かわいらしいピックまで刺さっているところだ。
そして別のタッパーに入れられたミニハンバーグは、お花の形のチーズまでのせられていた。
「お父さんから、賢太君はサンドイッチが好きだって聞いたから。でもハンバーグはちゃんと手作りだからねー」
細められる美沙さんの目が、今朝見た夢のものと重なって見えた。
ボクは夢の残りをふりはらうように右手をす早く動かした。
ガシャーン!
大きな音にハッと我に返ると、目に入ってきたのは無残に床の上に転がるサンドイッチとハンバーグ。
視線を上げると、細い目を見開く美沙さんの顔。
うすい唇の間からハッと小さく息が吸われるのがわかった。
その目のおくは、今まで見たことがないような暗い色をしていた。
『ごめんなさい』って言わなくちゃ。
そう思うけれど、ノドのおくに何か重いものがつまっていて、ボクはどうしても声を出すことができなかった。
「賢太!」
お父さんの強い言葉に、ボクは水筒をつかむと、家を飛び出した。
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