美沙さんはのんきに鼻歌なんて歌ってる

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 胸のおくで心臓がドクドクと大きな音を立てる。  小学校で最後の徒競走。  でも、そんなのはどうでもいいことに思えた。  今朝のことがぐるぐる、ぐるぐる……。  自分でもどうしようもない気持ちが、ボクの体の中をかけめぐる。  心臓、血液、筋肉、ヒフ、カミの毛、その全部がエネルギーの解放を求めているように思えた。  パンッとスタートの音が鳴る。  ボクはそのモヤモヤしたもの全てを足の裏に集中させた。  力強く地面を押し返す。  太ももを引き寄せ、そしてグンっとのばす。  地面をけるたびに「くそっ、くそっ!」と心の中で(さけ)びながら。  はき出す息と、けり出すその足にイヤな思いを全部のせて、ボクは前に進む。  ほっぺたを押しつけていく風が耳元でうなり声を上げる。  苦しいはずなのに、何故か気分は軽くなっていくような気がした。  気がつくと、お腹の辺りに今まで感じたことのない感覚があった。  ヒラヒラとはためく白いテープ。  はあっ、はあっとあらい息をはく。  係の子に付きそわれて列に並ぶと、3番の列にいた笹本さんが笑顔を向けてくる。 「大倉(おおくら)君、1位なんてすごいね!」  何だか胸のおくの方がくすぐったいような感じがした。  アセをふき飛ばしていく風と、青い空が気持ちよかった。    次の競技があるから、ボク達六年生は急いで退場しなければならない。  音楽に合わせてかけ足をしながらボクは保護者席にチラリと視線を向ける。  そこには笑顔をうかべながら向き合うお父さんと美沙さんの姿があった。  ふくらんでいた気持ちがシューっと音を立ててしぼんでいくような気がした。      ああ、マズった……。  自分の席で康二はおいしそうなおにぎり弁当を広げていた。  他の子達もお家の人が作ったお弁当をうれしそうに机の上にのせている。  ボクのお腹がぐーっと大きな音を立てた。 「大倉君」  伊藤(いとう)先生の言葉にふり返ると、先生がかかげていたのは茶色い紙袋(かみぶくろ)。 「さっきお父さんが届けてくれたそうだぞ」  あきれ顔の先生からそれを受け取ると、ボクはペコリと頭を下げた。  中にはビニールに包まれたツナと卵とハムチーズサンド。パックに入ったカットフルーツが入れられていた。  きっとあれからお父さんがコンビニで買ってきてくれたんだろう。  でもコンビニのサンドイッチは、具が真ん中にしか入っていなくて、あまりおいしく感じなかった。
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