27人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「おかえりなさーい」
美沙さんがいつもと変わらないのんきな声を上げる。
でも今日はとなりにお父さんがいる。
お父さんは何だか困ったような顔をしていた。
ボクは口をキュッと結ぶと階段をかけ上る。
バンッとドアを閉めるとベッドにダイブした。
マクラにギューッと顔を押しつけていると、ドアを小さくノックする音が聞こえてきた。
「……賢太」
お父さんの低い声。
「……うん」
「入るよ」
部屋のドアが静かに開けられる。
ボクは再びマクラに顔を押しつける。
「……賢太、1位やったな。今日は美沙がビデオ係をやってくれたから、生の目で賢太の勇姿をしっかり見れたぞ」
運動会では、いつもお父さんがビデオでボクの姿をとってくれていて、学校から帰ったら二人でそれをみるのが恒例行事となっていた。
そう言えばお父さんは、ビデオをとりながら応援するのって大変、ってよくぼやいていたっけ……。
でも、美沙さんと見つめ合ったりしていて、本当にボクのゴールを見ていてくれたのかな……。
ボクはゆっくり顔を上げる。
お父さんはまだ困った顔のままだ。
「……賢太、ごめんな。お父さんは聞き分けのよい賢太に甘えていたのかもしれないな……」
ボクは首をかしげる。
お弁当をはらったりして、『ごめんなさい』を言わなくちゃならないのはボクの方なのに……。
「男同士、対等に話し合える関係でいようと思ってきたけど、その前にお父さんはお父さんじゃなきゃいけなかったよね」
ボクはもう一度首をひねった。
「賢太は……美沙のことどう思う?」
「どうって……。悪い人じゃないと思うよ」
お父さんの茶色い瞳がボクのことをじっと見つめる。
「……でも、ちょっとウザいかな……」
お父さんは目を細めてふふふっと笑う。
「確かに……。でもああ見えて美沙は結構気をつかうタイプなんだ」
ボクは「そんなワケ……」と言いかけてから「ごめん」とつぶやいた。
「違うな……。お父さん以外、みんな気をつかうタイプだな。賢太も」
そう言ってお父さんはボクの頭をワシャワシャとなでる。
「美沙はもう少し時間をかけてからの方がいいって言ったんだ。賢太のことを考えると結婚は慎重にしたい、って。でもお父さんは中学生の難しい年頃になる前に、って……」
ボクはベッドの上にゆっくり起き上がった。
「結局、お父さんは自分のことしか考えていなかったな……。美沙も色々と悩んでて……。お弁当も何がいいかってすごく考えてて……」
「でもボクはお父さんの作ったサンドイッチが食べたかったんだ!」
お父さんの目が大きく見開かれる。
「……ごめんな、本当にお父さんは何もわかってなかった」
ボクは首を大きくふる。
「お父さんには幸せになってほしい。そう思うのはウソじゃないよ。美沙さんもきらいなワケじゃない。でも何て言うか……」
自分でもうまく説明できない……。
「無理して美沙を『お母さん』って思わなくていいよ」
「えっ……」
「賢太のお母さんはいつまでもお母さんだけだよ」
「でも……」
「お父さんの『再婚相手』として認めてくれれば、それでいいよ。だから賢太も気をつかうことなんてないんだ」
「う……ん」
「だから言いたいことを言っていいんだぞ。美沙は、ほら、ちょっとズレてるところがあるし……」
「それはすごくよくわかる」
ボクの答えに、お父さんはハハハっと笑った。
「美沙は美沙なりに賢太と向き合おうとしているんだろうけど、どうも空回りっていうか……。言わないと気づかないところもあるから」
お父さんの太い指がボクのカミの毛を優しくなでる。
「でも表裏はない人だから、それだけは信じてほしい……」
「うん……」
それもよくわかってる……。
「賢太は賢太のままでいいんだよ。そのままで」
お父さんの声が優しく耳にひびいた。
最初のコメントを投稿しよう!