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「賢太君、行ってらっしゃーい」
美沙さんは、はじける笑顔でボクに手を振った。
「……行ってきます」
ボクはボソリとつぶやくようにそう答えると、急いでドアを閉める。
「おはよう」
ボクが門に手をかけたちょうどその時、通りの方からかわいらしい声が聞こえてくる。
人形みたいにクリリと大きな目は長いまつ毛でおおわれていて、色白の肌は透き通るよう。
物語から飛び出してきたような美少女がそこにいた。
「お……おはよう」
笹本さんはボクの返事を待つこともなく、山田さんとのおしゃべりに戻ってしまう。
「でね……」
目の前を楽しそうに通りすぎてゆく二人の姿に、ボクの心臓はバクバクと大きく音を立てた。
でもこれは朝一から笹本さんの美しい姿をながめることができたから、ってだけじゃない。
二人に美沙さんの姿を見られちゃったかな……。
「ただいま……」
ボクはリビングに向かって小さく声をかける。
「賢太君、おかえりなさーい」
ネコ柄のエプロンをつけた美沙さんがリビングの扉からひょこりと顔をのぞかせた。
ソバカスが目立つ鼻の頭に、何か白い粉が付いている。
「あの……美沙さん、毎朝見送りとか、そうゆうの、いいから……」
ボクはフローリングの床を見つめながらモゴモゴとそう口にしてみる。
「そっかー、ごめん。ついうれしくってー」
美沙さんはそう言うと「てへへっ」と笑ってみせた。
お父さんと美沙さんは2ヶ月前に結婚したばかりだから新婚さんだ。
だから、ついうれしくなっちゃうのはわかるけと、何でボクまで……。
ボクがふーっとため息をついてみせても、美沙さんはニコニコと笑顔をうかべていて、気にする様子もみられない。
「今、オヤツにクッキー焼いてるからねー」
キッチンの方から何だか甘いにおいがただよってくる。
「康二達と遊びに行ってくるから」
「そっかー。気をつけて行ってらっしゃい」
美沙さんはそう言って手を振るとキッチンに消えてゆく。
ボクはもう一度深いため息をついた。
カウンターの向こうからは、「クッキー、クッキー、ふんふっふふん」という変な歌が聞こえてくる。
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