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破
鼻高村は髪喰山の麓に散在する集落のひとつだ。
啓二と黒部が一日かけて山越えして村へ辿り着く頃、とうに陽も沈みかけて周囲は夕焼けに染められていた。
「遅すぎる! チンタラしてんじゃないぞアンタら! 娘を助けろ! いつまでも汚いとこに置いとけるか!」
村長の怒声に歓迎されつつ村外れの小屋へと導かれ、すっかり腐敗した戸口から漂う禍々しい気配に構える。よそ者を訝しむ村民たちの視線に背後から刺されつつ、啓二と黒部は慎重な動作でもって引き戸に手をかけた。
「うぶっ吐きそっ」
黒部がえずいて口を塞ぐ。
「ガマンしろ黒部。あとで村長に浴びせたれ」
啓二に背中をさすってもらうも彼女は、
「あわわっムリぃ。知らないよォこんな邪気」
などと呻いて歯の根も合わない様子だ。
共感性が高い女の祓い屋は霊媒や索敵に秀でる反面、邪気の許容範囲を超えれば過剰反応で発狂してしまう。
逆に男の祓い屋は共感性が低いゆえ鈍く無防備だが、ゆえにこそ邪気の影響に屈さず容赦なく害霊と戦える。
「頼む……今はお前が頼りなんだよ」
「でも……あたい自信ないですぞぉ」
「隠れてる化物をお前の祈術で顕現させるだけでいい。そのあとは俺に任せてくれりゃ確実に斬り祓ってやる」
「しょ……承知いたしましたぞ……」
真剣な眼差しで説得されて黒部は覚悟を決めたのか、啓二の先導に従って小屋内部へと足を踏み入れていく。
§
「おとこ」
地を這うような声が響くと部屋は激しく揺れて軋む。
「いらぬ」
土間に寝そべる巨大な芋虫こそが声の主らしい。
簀巻きの状態で隔離されていた村の少女である。
「むすめ」
うなだれていた首はグルリと捻れて真上を向く。
蛇蝎のごとき瞳孔が輝いて暗灰色の肌を照らす。
「よこせ」
「村長の娘……やっぱり憑かれてやがる……」
啓二が唸った直後に黒部は土間に吐瀉物をブチまく。
「うえろっ!」
「頑張れ黒部っ!」
倒れかけた黒部は啓二の激励に応えて踏みとどまる。
「霊子・貯留!!」
黒部のメガネレンズがまばゆい光を四方八方に放ち、無数に枝分かれさせて人の腕のカタチへと変化させた。それらが一斉に簀巻き娘に絡みつくなり体内へと潜行、同時に娘に憑依している害霊を引っ張り出さんと力む。
「うおおっ! らああっ!」
「いいぞっ! ブッコ抜けっ!」
啓二はジッポライターの炎を刃に変えて準備するが、
「まずい」
異変に気づくと即座に黒部を連れて外へと抜け出す。
「失敗だ!!」
黒部は立ったまま精神の限界を超えて失神していた。
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