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「くそっ」  男は息せき切って闇夜の獣道を駆けずり回っていた。明確な殺意を宿すいくつもの鋭い眼光に追われている。 「なんでこうなるんだよっ」  追われているのは彼だけではない。  とある白人の少年が並走していた。 「ユー(you)の名は!?」  と少年にたずねられて男が答える。 「真辺(マナベ) 啓二(ケイジ)っ!」 「ケイジ? ニコラス!?」 「言うと思ったわ」 「ミー(me)はクリスチャンだよ」 「それ名前か!?」 「クリスと呼んでくれたまえっ」  碧眼(へきがん)を輝かせつつ名乗る少年に啓二は白けてしまう。 「ノンキに自己紹介してる場合じゃねぇよ!」 「そうだ彼らを救わなければいけなかったサ」  ふたりを捕らえておそらく殺すつもりである暴徒は、ここ鼻高(はなたか)村の村民だが今や凶悪な意志に操られていた。 「つっても俺は()き物落としがヘタなんだ!」  啓二は(はら)い屋なれど害霊(がいれい)への直接攻撃に特化しすぎ、生者を()(しろ)にされてしまうと対処に悩む羽目となる。  一口に祓い屋と言っても得手不得手があるのだった。 「法に触れねぇなら皆殺しにしてやっけど!」 「罪なき善良な人々(ピープル)に乱暴しちゃいけない!」 「なんとかしねぇと俺たちもヤバいんだぞ!」 「だよネ……ならば……なんとかしようっ!」  少年は唐突にも華麗なターンを決めて逆走していく。 「ニコラスくん! ミーに任せて先に行け!」 「ちょっ待てよ! 勝手にフラグ立てんな!」  啓二が止めようとしても妙に足の速いクリスは既に、狂気の群衆めがけて躊躇(ためら)う様子もなく突っ込んでいた。白地に金の刺繍(ししゅう)をあしらう長衣(ちょうい)が翼みたくひるがえり、裏地に収納されていた輝く物体を一瞬だけ垣間見せる。  それを握りしめたクリスは神妙な表情に転じて(ささや)く。 「お目にかけよう……憑き物落としの最適(ベスト)方法(ハウツー)……」  群衆のひとりが雄叫びを上げてクリスに襲いかかり、虚空で半回転した棒状の物体によって張り飛ばされた。 「殴るに限る」  それはトンファー型警棒のようにも見える。  だが通常のトンファーにない明らかな相違点として、グリップ部の反対側にもう一本の棒が突き出していた。  つまり棒の実態は手持ち十字架なのである。 「オメェ今さっき暴力……ダメって」 「殴るのは人じゃなく……悪の心サ」  微笑むクリスに啓二は呆れつつも参戦する。 「だったら俺も得意だぜ、祓魔師(エクソシスト)さん!」 「父なる神の名において、(なんじ)免罪(めんざい)を!」  後続集団を相手取っての大暴れが始まった。  真辺 啓二がいかにしてこの事件に巻き込まれたか、詳細に語るためには昨日(さくじつ)の朝まで時を遡らねばならぬ。
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