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 §  テントを設営した啓二が川辺に座って語る。 「俺にゃ祓い屋の才能なんざカスほどもない」  隣でしゃがむ黒部は意外そうに首を傾げた。 「炎の剣とか振り回して害霊ズバズバ倒してるのに?」 「そんだけの祈力(きりょく)を引き出すのに色々なモン捨てたよ。寿命やら片目やら内蔵のアチコチ……あと……心もな」  啓二が左眼窩(がんか)の義眼を外して黒部に手渡す。  黒部は一瞬だけ硬直して「わひっ」と驚く。 「ここまでしなきゃ強くなれないものなんですかな?」 「ときどき自分がどんな人間だったか(・・・・・・・・・)わからなくなる。祓い屋になる前の自分を他人みたいに感じて怖いんだ。『お姫ちゃん』ブッ殺して美子さんの記憶を取り戻す。そんな最初の目的だってそのうち忘れちまいそうでさ」  §  美子という女は啓二を守るために因縁の怨敵(お姫ちゃん)と戦い、記憶や肉体の一部を奪い去られて純白の少女と化した。 「美子ちゃん、おはよ」  病室で美子と会うたびに啓二が(かぶ)(ずる)い嘘の仮面も、次第に効力が(おとろ)えて無垢(むく)な瞳を騙せなくなりつつある。 「お兄ちゃん、お顔……怖いよ」 「そうかな? 面白くない? この顔……ぐにー」 「ほっぺた伸びーる! にらめっこだね美子もやる!」 「よォし負けないぞ! ってくすぐり(・・・・)は反則だって!」  優しいお兄ちゃんを演じなければならない。  復讐鬼としての真辺 啓二が美子を怯えさせぬよう、守られていただけの弱い自分を必死に思い出して装う。あるいは演技を続ければいつか都合のいい奇跡が起き、美子にも自分を思い出してもらえるかもと期待したか。  §  啓二が小石を拾って眼前の川に放り投げる。  石は懸命(けんめい)に水面を跳ねたがすぐに(はかな)く沈む。 「黒部……お前は……何を捨てるんだ?」 「えと……あたい……どうしたらいい?」 「悩むならコッチ側に来るべきじゃねぇ」 「だけど決めたんですぞ害霊と戦うって」 「お前がシンドイ思いすること白玉の奴ァ望んでねぇ。美子さんだって俺にこんなこと求めてなかったと思う。そういう意味じゃ俺もお前もとんだ恩知らずなんだぜ。救ってもらって生かしてもらったキモチ踏みにじって」 「もう……やめて! もう……聞きたくないっ!」  黒部が幼児みたいにイヤイヤをして啓二に抱きつく。 「負け犬だなァ俺たち」  すがってくる細い体を啓二はいったん受け入れつつ、 「じゃどうする? ふたりで永遠に傷を()め合うか?」  卑屈(ひくつ)な笑みとともに耳元で(ささや)くなり優しく突き放す。  たちまち赤くなった黒部が視線を泳がせてうつむく。 「真辺さんっ」 「休んどけ、黒部」
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