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「ぎおぉんっ」
濡れた腕を振って化物娘が苦しむ。
「なんだ? あれ聖水ってやつか?」
「そうサ! 悪魔にとって劇薬サ!」
ここで啓二と少年司祭は後頭部に不意打ちを受けた。屈強な村男たちが異様な腕力で振るう桑や鋤の打撃だ。
巻き起こるのは集団リンチのタコ殴り。
続いて鎌や斧を構えた連中までも参戦。
「こいつらグルかよ!」
振りおろされた斧を白刃取りして憤っている啓二に、
「操られてるだけサ!」
と少年が答えた。
精神支配によって筋肉のリミッターを解除させられ、剛力を発揮する十数名が祓い屋ふたりに群がっていく。
怒涛の騒動の一方で黒部は身を起こす。
「乗り移られた! 中身は悪魔だ!」
少年司祭の声に黒部が反応して淫靡な笑みを浮かべ、
「実に馴染むぞ。我に相応しき器よ」
と囁いて舌なめずりする。
先ほどまで暴れていた村長の娘は普通の人間に戻り、聖水で濡れている自分の手足をハンカチで必死に拭う。
「男などいらぬ。血祭りにあげよっ」
村民たちに命令した黒部が村長の娘まで連れ去って、さえずるような笑い声とともに林の奥へと消えていく。
「くろべぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
啓二の絶叫が周囲に虚しくこだました。
§
かくして時間は冒頭へと戻るのである。
クリスが十字架トンファーで村民をどつき回すたび、鈍い打撃音が響いて雑木林を包む夜闇に吸われていく。
「許されよ!」
「あざーす!」
「アーメン!」
「ラーメン!」
バタバタ打ち倒される暴徒は痛みに苦しむどころか、とても幸せそうに口角を上げて安らかな眠りに落ちた。
なお啓二が素手で殴った連中は顔面が変形しており、そもそも今どんな表情をしているのかすらわからない。
「あらかた片付いたな。よし行くぞ」
「あっ酒よ雪国ヨサク。ぼくは彼のファンなんだ」
「歌手じゃねーしヨサクならサブちゃんだろニワカ! てか黒部を早く助けんとタマシイ食われるだろバカ!」
「安心したまえケイジ。リトルガールなら無事サ」
あっけらかんと即答してのけたクリスを啓二が睨む。
「どうして断言できる? なんか根拠あんのか?」
「下級の悪魔は契約を交わした人間の魂しか奪えない。なんらかの目的でアレを召喚した人物こそが契約者だ」
「へェお詳しいこって。嫌味なくらい専門家だな」
「ホメてくれるのかい! ありがとう嬉しいサ!」
若き司祭は天使のイメージを再現したような美貌に、後光さえ錯覚せしめる微笑みを浮かべて大げさに喜ぶ。
「ついてきてよケイジ! 奴の逃走経路を知ってる!」
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