心の穴

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 次の日には直ぐに会社に休みを申請した。彼が参加するイベントの開始当日と最終日。普段休みを取ろうとしない私が申請したこともあって、すんなりと受け入れられた。  彼がSNS上でイベント中に自信で行う企画を次々と公開している。歌やゲーム、彼のデジタルの壁紙等のガチャガチャ景品。彼なりに上位に行けるように案を練り続けている。私達に金銭という負担をかけるからこそ、それ以上で返していきたいと意気込みが書かれていた。  イベントまでの日々は直ぐに過ぎ去っていく。気づけば、当日になっていた。彼は緊張していると、SNSに投稿している。大丈夫だよ、と送った私も実際は、何故か緊張していた。私の行かない他の配信者の投稿も回ってくる。皆、同じイベントに参加しているようだった。彼よりも人を集めて、いつも上位に着いている人々だ。それを見るだけで、不安も同時に私の心の中に浮かび上がってきた。 「大丈夫。皆で頑張るんだから」  スマートフォンを眺めながら、焦る心に伝える。それでも落ち着けず、イベント開始の夕方まで待ち続けていた。  持ってる画面に通知が来る。と同時にスマートフォンがふるえる。彼が本気で戦う火蓋が切って落とされる。瞬時に配信に飛び込んで行った。 「よっしゃー!行くぞぉ!」  枠内には、既にいつものメンバーと、彼がよく話しているらしい配信者の方々が集結している。初日はどうやら歌を歌うようだった。コメント数を出来るだけ稼ぐ為の配信スタイル。皆と共に文字を送り続けた。 「やっぱり、周りで厳しいよなぁ」  画面からすぐに彼が何位にいるのかを確認できる。入賞圏内に入っていない。初日だとはいえこれでは確実に、遅れをとる。 「まだ初日だから!吹紀さん!」  私も焦っているけれど、冷静を保って彼に送った。  急にスマートフォンの通知が来る。SNSからの連絡だった。1度も話したことの無い人。それでも、今この配信にいて、いつも配信にいることを知っているハンドルネームの方だった。個人のメッセージが送られてくるとは考えてもいなかったけれど、急いで内容を見る。 「ごめんなさい!初めてなのに連絡してしまって。いつも吹紀くんの配信にいる雪です。 これどうしたら上位行ってもらえるんですかね…。上の順位の人達はもう数万の課金で上がっているみたいで…」 「初めまして。やっぱり投げ銭なんですね…。投げるしかないかなと、少し悩んでます…」 「そうですよね…。彼だけ頑張ってってしてても、私申し訳なくて…。少ない額でも大丈夫ですかね…?」 「大丈夫だと思いますよ!彼を応援する心は金額じゃない気がします」 「…投げてみます!」 「そしたら、雪さんが投げた後に追いかけて私も投げますね」  咄嗟にこの日の為に準備していたプリペイドカードのコードを入力する。5枚程準備した。総額で5万円。このイベントの為の軍資金だった。  配信画面に戻ると同時に、雪さんが投げ銭をしていた。それに続いて1万円を投げ入れる。これで入賞圏内に入ればいいなと願っていた。皆、焦っていたのだろう。投げるタイミングを見計らっていたのかと思うほど、全員が彼に投げていた。 「え?!え!皆?!」 「吹紀さんが、一位取れますように!」 「…ありがとう…」  それからイベントの毎日はとてつもなく充実していた。自分にかけるお金が無い分、貯蓄していたお金を使う。元々5万と思っていたものがいつしか10万に変わっていた。それでも特に問題は無い。彼が優勝出来ればそれでいい。  そして、最終日がやってきた。彼の配信には3位という文字が見える。1位との差は2万ポイント程。それでも、まだ油断はできなかった。ここで2万円を投げたとしても、上の人だって投げている。タイミングを見合う心理戦に突入していた。  また、通知でスマホが小刻みに震える。雪さんからまた送られてきていた。 「こんばんわ!今日、春さんはいつ頃に投げるつもりですか??」 「こんばんは。目安としてイベント終了2分前と1分前です」 「成程!私少しだけ上位の動きが見たいので、投げてみようかなって!」 「いいと思いますよ!」 「ありがとうございます! …あ、そういえば、春さん、意外と吹紀くんに投げ銭してますけど、単推しですか??」 「え?…そうですね…これが推し事と言うのかはまだ分からないですが…唯一応援してるのは吹紀さんですね」 「そうなんですね!恋愛…とかそういう感情になったり…とかは?」 「特にないですよ…?」 「ふむふむ。あ、変なこと聞いてすみません!」 「いえ、大丈夫ですよ」 「優勝して貰えるように頑張りましょ!」 「そうですね!頑張りましょ!」  雪さんとの連絡が終わった。恋愛感情なんて言われるとは思っていなかった。専ら恋愛として推している訳では無い。ただただ、1人が寂しい時に、彼が居て、彼が癒してくれていたから、ただそれだけだった。推し、と言うより、応援したい人と思っている。それが、推しというものだと言われたら、そうなのかもしれないが。  配信も大詰めに差し掛かった。何とかこの配信にいる全員で押し上げて2位まで登ってきている。後10分。1位との差は5千ポイントまで縮まっていた。 「いくぞ!皆!」  配信で流れるBGMが、EDMに変わっている。リスナー全員が出来る限りの応援としてコメントを打っていた。  残り時間3分。私は追加で準備した数万円を投げ入れる。今までのリスナーの中では最高額だった。多分一位の人たちもこの時間に投げている。それでも、今出来る範囲の金額の最大を送った。 「え?!え?!いいの!?」 「行けぇぇぇぇ!一位に!届けぇ!!」  イベントが終了した。写っている画面には1位の文字。念願の優勝が確定した。それを見た時から、どっと体全体の力が抜ける。やれる精一杯は、功を奏してくれた。安堵の気持ちでベッドに倒れ込んでいた。 「…ありがとうございます…!本当に!」  彼は、泣いていた。
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