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第四章
全回復とは言えなかったが、冬彦は秋のはじめのある朝、仲間に黙って一人車を走らせた。
彼には監視がついており、すぐに車三台の追手がかかった。彼は必死にアクセルを踏んだ。
目的地に車を止める。ブルーフェニックス成浜本部前。近くに駐車場はあったが本部正門から遠い。冬彦は駐車違反をして何とか正門に近づき、車から降りて走り出した。決死の覚悟だった。
追手の車が冬彦に襲い掛かってくる。間一髪かわした冬彦は血の気が引くのを感じた。相手は轢き殺す気だ。
友の会は法に抵触することはしないので、やっているのはその息のかかったマフィアだろう。
次に車が襲い掛かってきた時、銃声がした。同時に追手の車がパンクしたようだ。冬彦は銃声の方を見た。
「君、早くこっちに来なさい!」
ブルーフェニックス本部の城壁を盾にして、正門裏から女性集団が発砲している。援護だ。冬彦の追手が車から降りて、同じ銃で応戦を始めた。
「早く」
「はい!」
冬彦は銃撃の雨の中、負傷しながら、なりふり構わず転げるように走った。ほんの一瞬開いたハーメルン本部正門の中に、彼は命からがら飛び込んだ。
「友の会から脱会します! 人権をください!」
警察は友の会に汚染されている。日本医学会もだ。冬彦が警察や病院に飛び込んでいたら、友の会に強制送還されている。
ブルーフェニックスは友の会脱会者にとっては大使館のような存在だった。冬彦は即座に医療部隊のところに搬送された。
冬彦はやっとのことでまともな医療を受けた。回復しかけのある日、病室に大柄な男性が見舞いに来た。横になっている冬彦に、男性は果物を差し入れた。
「私のこと、覚えているかな」
「誰」
「雨風塔吉郎だ。もう若くないからわからないか」
彼は優しく笑った。
「かけていいかな」
「はい」
塔吉郎はベッド脇の椅子に座った。
「君の子供の頃の映像、残ってるんだ。説明してくれるかな」
冬彦は事実に打ちのめされた。時間をかけて声を絞り出した。
「母の指導で危害を加えました。いいえ、僕の意志です」
そのあと言葉に詰まった。塔吉郎は言った。
「君ね、虐待を受けていたんだ。メンタル回復についてもブルーフェニックスが全面的にサポートしよう。でも被害に遭っていたのは君だけじゃないよ」
「どうしたらいいですか」
「ブルーフェニックスは謝罪は強制しない。傍観者や警察が被害者をかたって謝罪を要求する日本文化はおかしいからね。
許してほしい時だけ謝りなさい。謝らないデメリットを覚悟の上で、再スタートを切る人は海外にたくさんいるよ」
病室の窓から小雨が降り出したのが見えた。草木を潤す慈しみの霧雨。きっと塔吉郎のような男神が降らせているのだろう。
越野渚は二十代、成浜支有田区に住み、集団ストーカー被害に遭っていた。
周囲に相談した途端、統合失調の烙印を押され、孤立した生活を送っている。膨大な被害記録はブログに書いていた。
ある夏の日、通り道を歩いていると子供たちがふざけて団子になって走ってきた。渚を見てもよける様子がなく、まるでいないものであるかのようにタックルをしてきた。
渚が転倒すると子供たちは彼女を囲んで腹を抱え、けたたましく笑った。彼らは彼女を口で侮辱はしない。反撃の理由を与えないのが集団ストーカーだ。
「君たち、カメラ回ってるよ」
子供たちは笑うのをやめて顔色を変えた。数人の大人が周囲を囲んでいる。
「我々はブルーフェニックス。一緒に来てもらおうかな」
子供たちはブルーフェニックスに保護された。隊員の腕の中でもがいて、お母さん、お母さんと叫んでいる。
隊員の中の二十代くらいの男性が渚の前に進み出た。
「越野さん、私は若鷺仁といいます。ブログ拝見しましたよ」
「私、統合失調じゃありません」
「わかってます」
渚は子供たちを見た。隊員に抑えられて暴れているが涙は露骨にウソ泣きだった。仁は言った。
「かわいそうな子たちです。恨むなとは言いませんが、あなたには彼らと違って未来と人権があります」
(終わり)
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