第一章

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第一章

 「冬彦、あれが悪者だよ。覚えた?」  「悪者! 悪者!」  物心ついたばかりの彼は母の朝子からDVDを見せられた。子供番組ではなく、普通の通り道のデジカメ映像だ。彼はゲーム感覚で悪者を教わった。  佐藤冬彦は十一歳になった。母と一緒に友の会に所属し、成浜市有田区樹に住んでいる。友の会樹支部代表は最近交代したらしい。季節は秋、スーパーには果物があふれ、何をするにも快適だった。  冬彦は親子で出かけたスーパーの西光で、ふざけて弟、竜彦のベビーカーに腰をめり込ませていた。  朝子は竜彦を抱え、冬彦がベビーカーから長い足をはみ出させているにも関わらず注意をしなかった。  朝子はママ友とのおしゃべりに夢中。冬彦は母に教えられた通り、悪者、二十代の田代彩が近づくと「キィィィィィィック」と言って、彼女の足に土足でゆっくりねっとり蹴りを入れた。彩の服は汚れた。  「何するんですか」  彩は抗議してきたが、朝子は無視しておしゃべりを続けた。彩はさらに言い募る。  「蹴られました!」  「あ、そうですか」  朝子は鼻であしらうように答えた。  「謝ってください」  「ごめんなさ―い?」  朝子はまた友人とおしゃべり。彩の目を見ることもしない。  「そんな謝り方がありますか」  「子供のしたことでしょ?!」  朝子は彩に逆切れした。  冬の季節が巡ってきた。冬彦は朝子の鍋が大好きで、いつも野菜をたくさん食べてほめてもらっていた。  彼女は冬彦と竜彦を発熱素材の衣服で温かくくるんでくれる。冬彦はこの幸せがいつまでも続くと信じた。  ある日朝子は言った。  「冬彦、出かける準備して」  「どこに行くの」  「悪者が土井さんのところに行った。やっつけに行きましょう」  朝子は攻撃の仕方を冬彦に指導した。  「悪者の正面に立っちゃダメ。相手が見えるぎりぎりの位置で、ばたばた動いて気を引いて。目が合ったら馬鹿にして笑ってね」  「わかったよ」  「口で馬鹿にしないようにね。相手に反撃の言い訳を与えてはだめだよ」  「うん」  「悪者があなたから目をそらしたら、やっぱり相手が見える位置スレスレに移動して、ばたばた動いてね。何があっても無視をさせてはだめ。気を引いて馬鹿にするんだよ」  朝子と冬彦は樹の土井耳鼻咽喉科についた。冬彦は母の指示通りに動いた。悪者の彩が席について院内TVを見てる時、彼は彩の視界スレスレの位置で落ち着きのない動きを展開した。  子供の特権を利用して、大人だったら迷惑行為になるようなアクロバティックな動きでベンチに寝そべったり、起き上がったり、バタンバタンのたうち回ったり。  視線は常に彩を見つめ気を引く素振り。彩が気付いて彼を見ると、冬彦は彼女を馬鹿にしてにたっと笑った。  彩は朝子の計画通り不快感を覚えたのか、冬彦を視界に入れないように受付の方を見た。  冬彦は移動して、また彼女の視界ギリギリでアクロバットを繰り広げた。彩と目が合うと、馬鹿にしてにたっと笑った。  彩が院内のどこに逃げても冬彦は追いかけていってアクロバットを展開した。大人制裁は子供の冬彦にとって快感だった。その上朝子に褒めてもらえる。  その時だった。  「少年、カメラ回ってるよ」  近くに座った三十代くらいの大柄な男性患者が言った。冬彦は耳を疑った。  「私は雨風塔吉郎。君がね、田代さんのことストーキングしては馬鹿にしてたの、全部記録したよ」  「僕わかんない! お母さん、この人変なこと言ってる」  冬彦は慌てて母親にくっついた。近くに座っていた朝子は男性に歯をむいた。  「わけのわからないこと言わないでください」  「西光の監視カメラも徴収していますよ」  塔吉郎は言って立ち上がった。周辺の男女数人も同時に立ち上がる。  「我々はブルーフェニックス。捜査に協力してもらいましょう」  「お断りします」  朝子はけんか腰で対抗した。冬彦は彼女がいじめられていると感じた。憎い塔吉郎はしゃあしゃあと言った。  「ブルーフェニックスはマイナス憲法第五条にのっとり協力を要請しています。断ることはできません」  (続く)
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