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第五章
退院後の一月第三週。ほのかは相変わらずインフルエンザサンドイッチ攻撃と、風邪薬への睡眠薬混入攻撃を受けていた。
ある日の午後、樹の踏切の大きい方を渡ってナナカン側から区役所側をふらふらと歩いていた。
歩道と車道を分ける柵がなくなり、信号のない横断歩道に差しかかると、踏切が閉まっているため待機していた車が微妙に移動してほのかにぶつかってきた。
「ぶつかりました」
ドライバーは車内から出てくることはなく、ほのかをぞうきんを見るような目で見つめて、後は無視をした。
「ぶつかりました!」
そこら中に目撃者がいながら全員無視。樹はそういうところだ。
クリアランスセールから帰ったらしい年輩の婦人が紙袋を下げ、通り道で知り合いと鉢合わせて、下品に笑っている。
某唐揚げ屋の仕込みは排気ガスの立ち込める踏切前の屋外。衛生的に心配だ。
ほのかが打ち身をおさえて歩き出した時、誰かが彼女のおさげを引っ張った。
ウエストポーチをつけた男性。彼女が見ると彼も立ち去りざま振り返った。加害者のドライバーより凶悪な顔で睨んできた。私服の柏木だった。
繁殖の途中で邪魔された雌猫のようにマジ切れして威嚇してくる。面白いだけで全然怖くなかった。
「ちっがーう!」
近くにいた男性が柏木をハリセンですっぱたいた。私服の須賀だった。
「法に抵触することするんじゃねーよ!」
柏木は驚愕の様子。
「おさげ引っ張ったら法に抵触するのか?!」
「偶然を装えと言ってるんだ! 集団ストーカーはターゲットが加害者を特定できるようなことするなことはしないんだよ!」
「それじゃターゲットの被害妄想になるじゃないか!」
「お前、集団ストーカーの自覚あんのか!」
その時、ピッピッと笛を吹いて、濃紺の制服を着た機動隊が区役所方面から押し寄せてきた。
「君たち! 駐車違反だぞ」
「駐車違反で機動隊出動するんですか?!」
柏木の問いに答える者はなく、機動隊員の一人が無線に叫んでいる。
「抵抗しました!! 連行します!!」
途端に柏木がシャツの中に下げていた笛を出してピーっと吹いた。するとバスターミナル方面からほのかの知らない、スカイブルー制服姿の機動隊が押し寄せてきた。
「あれは! ブルーフェニックス!」
先にいた濃紺機動隊がどよめく。ほのかは詳しく知らないが、ブルーフェニックスは国家権力に対抗する組織と聞いている。スカイブルー機動隊の一人が無線に叫ぶ。
「抵抗しました! 摘発します!!」
こちらも言動がおかしい。濃紺、スカイブルー、どちらも会話が成り立っていない。
スカイブルーと濃紺で、どつき合いが始まった。濃紺機動隊がほのかに手を出そうとするとスカイブルーが反撃を始める。柏木、須賀もスカイブルー機動隊から装備をもらって大立ち回り。格闘に参戦していた。
「このままじゃらちがあかないな」
柏木はウエストポーチから出したマスクを装着した。
「凪! それはだめだ!!」
スカイブルー側の誰かが叫ぶ。柏木の下の名前は“凪”なのだろうか。彼はポーチから更にボールを出して地面に叩きつけた。
「くらえ、悪臭弾!!」
ぼうん。
激しいんだけど意外と無害な爆発が起こり、樹はやんごとない香りで充満した。
町の洗濯物という洗濯物はおそらく全滅している。機動隊は服の色に関係なく全員倒れて動けなくなってしまった。
「凪アホ」
「仲間どころか被害者まで倒しやがって」
「お母さん」
「ぱんつ」
「ごはん」
スカイブルー隊員達が、殺人的な臭いに戦意を奪われて非常に原始的な発言をしている。濃紺機動隊も同じ感じ。ほのかも倒れて動けない。小動物はおそらく死滅している。
一人だけマスクをつけた凪は仲間のひんしゅくを買いながらほのかをかつぎ上げた。空からヘリが飛んできて、はしごをたらし、凪だけヒロインを抱えた主人公のようにそれにつかまって現場離脱をした。
ほのかは翌日、見知らぬベッドで目を覚ました。悪臭はもうどこにもない。近くに医療関係者がいて、ここはブルーフェニックス本部、医務室の中だと説明してくれた。
ほのかは起き上がり、そばにあったぬくぬくはんてんを着た。そしてとりあえずトイレに出向いた。廊下を歩いていると、鼻にほくろのある壮年男性がM字開脚でパイプ椅子に縛り上げられていた。
そばに凪が立っていて、男性の顔にマジックで馬鹿と書き、間違えた漢字を塗りつぶし、カタカナも間違え、最後に平仮名で「ばか」と書いている。
凪はほのかを振り返って誇らしそうにしていた。賞賛を期待してるらしく、熱い視線を送ってくる。ほめるとまたやるのでほのかは黙ってその場を通り過ぎた。
次に凪があきらめたのか、彼女の所に手ぶらで見舞いに来た。ほのかが彼を柏木凪かと思っていたら、本名は御門凪だった。
須賀も出てきたと思ったら本名は若鷺仁。二人ともブルーフェニックス隊員で、友の会に潜入していたと語った。
ブルーフェニックスは友の会と戦っているらしい。友の会樹支部はブルーフェニックスが既に陥落。
凪はほのかのベッドサイドの椅子に腰かけた。彼女への見舞品の数々に目移りするらしく、憎めない顔で笑った。
「そこのカステラ、食べていいですか?」
「???????」
ほのかはナンだかかわからないうちに集団ストーカーから助かった。
(終わり)
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