雪原と記憶

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犬は喜び庭駆け回り。 猫は炬燵で丸くなる。 雪原と記憶 熱を遮断するカーテンを開け、外を見る。 昨日降り続けた雪は、世界を白銀にしていた。 はあ、と出る息も白い。 キッチンで朝食を作っていると、クロスケがいつの間にかタダノブの手元を観察していた。 丁度焼き上がったトーストを切り分けながら、タダノブは問う。 「今日はジャム?」 「ピーナッツバターがいいな」 クロスケの要望通り、お盆にピーナッツバターのプラスチック瓶を添えた。 「雪、積もったね」 キッチン横の窓から外を見つつ、クロスケは呟く。 白銀の世界に興味は無かったが、その黒曜石の眼が煌めいているのは気になった。 「……もしかして、ガクシャは雪が好きなのか?」 そう問うと烏の男ははにかんでくる。 そんな羞恥と喜びに満ちた顔を見るのは初めてだったので、どきりとした。 「好きだよ」 季節に言った言葉を、自分に向けられた様に感じてタダノブも恥ずかしくなる。 「ねえナアくん。朝食が済んだら外に行かないかい?」 その誘いに反射で頷いてしまった。 ざくざくと雪を踏み駐車場へ行く。 烏の物らしい黒の軽自動車は、いつの間にかちゃんとタイヤにチェーンが巻かれていた。 ダウンジャケットにマフラーも巻いたタダノブに比べ、クロスケはいつもと変わらぬ黒のシャツとズボンだ。 車に乗り込み、寒くないのか、と聞いても特に、と返される。 クロスケはタダノブの為に暖房を点けてウィンカーを出した。 何処へ行くかは告げられていない。 窓外の景色は段々見慣れないものになり、やがて裸木の林へと入っていった。 ブレーキを踏み、着いたよ、とクロスケは言う。 軽自動車から降りると、其処は森中の駐車場だった。 黒い裸木と、白い雪しか無い世界。駐車場も雪かきをされていなかった。 クロスケはずくずくと、ある筈だが積雪でわかり辛い道を進んでいく。 吐いた息が白くなる中、その後について行くと開けた場所に出た。 人為的に広がった平らな大地は、ただただ白銀に輝いている。 クロスケは構わず歩いていった。 白い世界に黒がぽつりと佇む。 そして、黒は急に消えた。 ガクシャ!!??とタダノブは叫んで駆け寄る。 クロスケは雪原の上に仰向けで倒れ込んでいた。 「そんな薄着でいたら凍死するだろ!?!?」 慌てるタダノブに、黒は微笑む。 「こんな事、今しか出来ないからね」 満足そうなクロスケの心情がタダノブにはわからなかった。 ほら、と両手を広げてくるが、その胸に飛び込む勇気は無い。 暫く躊躇っていると、烏は獲物を掴む様にタダノブの腕を掴んで倒れ込ませた。 積雪は冷たく、口の中にまで入ってくる。 咳き込んでいると、隣に寝そべる黒は声を上げて笑っていた。 この男がそんな事をするのは珍しい。タダノブは、瑠璃の眼を丸くした。 「犬の時のナアくんは雪が大好きだったんだよ」 一緒にこうやって雪原を独り占めにしていた、とクロスケは語る。 前世で犬だった時の記憶は、その前の仔猫だった時のより無かった。 「……猫だった時は、夏の記憶しかねえ」 烏だった時のクロスケとの記憶。 その時も、烏をガクシャと呼んでいた。 そんな二人が一緒だったのは、一夏だけだ。 そんな短い期間でも、転生を繰り返しながらも一緒に居たいと思えた。 愛しい黒曜石の眼が、瑠璃の眼を見つめる。 二人は、輪廻を巡っても惹かれ合う運命だった。 タダノブは雲も無い空を見上げる。 脳裏に過ぎる、幼いクロスケの映像。 あ、と、思った。 「思い出したかい?」 黒に問われ、頷く。 少年だったクロスケをリードごと引っ張って雪原を駆けた記憶。 懐かしい映像は、じわりを胸を温かくさせた。 タダノブは思い立った様に起き上がり、白銀を駆けた。 足跡の下はぐしゃぐしゃの土だ。 クロスケは笑いながら瑠璃を追いかけた。 がくしゃあ、たのしいなあ 犬の時は鳴き声でしか言えなかった事を言う。 そうだね、と烏も言った。 住処のシェアハウスに帰ってきて、真っ先にシャワー室へ走る。 かじかむ体を熱湯で温めたが、二人は後日しっかり風邪をひいた。
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