わたしのこと

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わたしのこと

人間が恋愛対象だ。 魅力を感じられるのであれば、女でも男でも誰でもいい。いわゆる普通と呼ばれる異性愛者でも、魅力を感じない女や男を好きになるのか? 醜悪な容姿、貧乏、穀潰し、ナルシスト、エゴイスト。異性だから誰でも好きなわけじゃない。 魅力を感じるから好きになる。 私はその範囲が広いだけ。何も異常じゃない。 変でも異変でも異常でも異物でも汚物でも失敗作でも、私はそれの、どれでもない。 「由佳ちゃん綺麗だよね、ほんとに」 「そう?うれしい、ありがとう。秋山さんはかわいいね」 私は顔が綺麗に出来ている。由佳は美人さんだね、かわいいね、完璧だね、そう言われて育ってきた。実際そうだと自分でも分かっている。 切れ長の目と長い睫毛、すらりと通った鼻筋にほんのり色づいた薄い唇。中性的な顔だ。 これも私が人間を好きな理由なのかもしれない。 この顔があるから私は全ての人間に恋することができる。結局は顔と金と多少の話術があれば、どんな人間でも魅力を感じて好意を寄せる。 人間は容易い。男なんか特に容易い。 「あ、いや、ぜんぜん!由佳ちゃんの方が絶対かわいいし綺麗だから」 「秋山さんは十分かわいいよ。こんなかわいい人見たことないくらい」 「そんなことないよ、ぜんぜん」 そう言って頬を染める彼女が愛しい。こんなに純粋な彼女が、私に適当な甘言を囁かれただけで頬を染め、耳を赤らめている。なんて素敵な人生なのだろう。全て上手くいってしまう。 あぁ、早く私に堕ちろ。あなたを手に入れられれば、もうあの宗教になど通わなくて済む。社会に適応出来なかった人間共の集まりなどに。 彼女も私も、そうなのかもしれないが。 「そろそろ帰んないと。ばいばい、秋山さん」 「あ、ばいばい。由佳ちゃん」 私が崇めたいのは神でも仏でもない。彼女だ。 秋山ゆうか。彼女だけが私の信じる神なのであり、私の愛しい人間なのだ。 まずは彼女を私の手中に入れる必要を感じた。私は長い髪もスカートもワンピースも捨てた。 少しでも異性愛者である彼女の恋愛対象に近づく努力をした。 やっと私の努力が報われてきている。彼女はだんだん私をただの女ではなく、色を含んだ目で見てきているのだ。静かな興奮が襲ってくる。 「ゆうか、またね」 「え?あ、うん!またね」 可愛い。愛しい。好き。愛している。 だが、まだだ。まだ私に染まるべき時ではない。 もっともっと私を知って、私に溺れろ。 この汚らわしい私に。あなたが触れるべきじゃない私に、どんどん染まって、浸って、溺れて、そのまま死んで仕舞えばいい。 秋山ゆうかという人間に大きな影響を及ぼしたい。私が近くにいなければ、月も太陽も、地面も空気も何もかも分からなくなってしまえばいい。 あなたが死ぬ時に見るのは、私だけだ。
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