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第11章 戸籍調査
中野「先生!」
吉田准教授は大学へ向かうのだろうと思われました。JR八王子駅の改札には入らずに、京王線の八王子駅の方へ向かったからです。それを中野が追いかけて声を掛けたのでした。
准教授「君も大学へ?」
中野「いいえ、私は今日の講義はこの時間だけですので」
准教授「そうなんだね」
中野「いつもはこの講義が終わった後、学食で昼食を取ってから帰宅しています。地元なんです」
准教授「八王子に住んでるの?」
中野「はい」
准教授「そうですか。大学に近くて良いですね」
中野「先生はどちらですか?」
准教授「私も八王子です」
中野「そうでしたか」
そこまでは勢いよく会話が続きましたが、そこで先に続かなくなりました。それで中野は思い切って話題を変えました。
中野「実は先生に質問があるんです」
中野は沈黙を打開する為にそう切り出してみました。
准教授「今日の講義についてかな?」
中野「いいえ、先祖探しのことなんですが」
准教授「構いませんよ。ではその先の喫茶店にでも寄りましょう」
准教授はそう言って階段で2階に上がったところの喫茶店に中野を誘いました。そこは中野もよく使っている場所なので、何となく不思議な感じがしました。
(先生もここをよく使っているのかな。でもここで先生と出くわしたことは一度もないけど)
准教授は中に入ると入り口近くで立ち止まり、辺りを見回しました。空いている席を探しているのだろうと中野は思いました。
准教授「すっかり変わってしまったなあ」
どうやら准教授は久しぶりにそこを訪れたようです。すると女性の店員がこちらはどうですかと言って丸テーブルの席を案内してくれました。准教授はそこで良いかと中野に聞いたので、中野は結構ですと答えました。
准教授「この店の雰囲気がすっかり変わってしまって、違う場所に来た感じがするよ」
准教授はそう言って中野に笑顔を向けました。
中野「どれくらいぶりですか?」
准教授「10年は経ってるかな」
10年前というと中野は小学校4年生でした。それではここで自分と先生が会うはずがなかったと中野は納得しました。二人は同じアメリカンコーヒーを注文すると、准教授が中野に話し掛けてきました。
准教授「先祖探しについて私に聞きたいということですが、どんなことでしょう」
中野「実は自分の先祖探しをしたいと思っています」
中野は姿勢を正して答えた。
准教授「そうなんですね。すると戸籍はもう集めましたか?」
中野「いいえ、まだです。先生の本には、先ず戸籍集めから始めるようにと書かれてあったのでそうしようと思ったのですが、近くに先生がいらっしゃるわけですし、直接伺った方が間違いないと思いました」
准教授「確かにそうだね。本に書いた情報が既に古くなっている場合もあるからね」
中野「はい」
准教授「しかし先ず戸籍を集めるという手順は変わりありません。中野さんの本籍は住民票を取ればそこに記載されているから、それをキーにしてどんどん遡ればいいと思います」
中野「本籍は八王子にあると父が言っていました」
准教授「では八王子駅前の出張所で取れるし便利ですね」
中野「はい」
准教授「お父さんのお父さんはどちらに本籍があるのかわかりますか? 八王子ですか?」
中野「違うんです」
准教授「違う?」
中野「はい。父方の先祖探しではなくて、母方の先祖探しをしたいんです」
准教授「お母さんの方を? 少し前に流行った『ミトコンドリア・イヴ』に興味があるということですか?」
中野「母は私が高校生の時に他界しました。母の両親も既に他界しているので、先祖がどんな人達だったのか、どんな家系だったのかを聞くことは出来ません。それで調べてみたくなったんです」
准教授「そうなんですね」
中野「それでどうやって母方の先祖を調べたらよいのかを先生に伺いたいと思ったのです」
准教授「わかりました。それでは手順を説明しましょう。まずご両親の戸籍謄本を手に入れてください。そこに婚姻前のお母さんの本籍と筆頭者、恐らくお母さんのお父さんだと思いますが、その人の氏名が記載されていますから、その情報を元にして次はその本籍を管轄する役所にお母さんの両親の戸籍謄本を請求します」
中野「それが先生の書かれた本に載っていた『戸籍を遡る』ということなのですね?」
准教授「そうです。もし本籍が遠い場所でしたら郵送で請求することも可能です」
中野「そうやって母方の祖父母の戸籍謄本、母方の曾祖父母の戸籍謄本、母方の高祖父母の戸籍謄本と遡っていけばよいのですね?」
准教授「その通りです」
中野「どれくらい遡れるものなのでしょうか?」
准教授「江戸時代後半生まれの先祖までは遡れると思います」
中野「そんな前まで遡れるのですね?」
准教授「現在手に入れることのできる一番古い形式の戸籍は『明治十九年式戸籍』というものです。その戸籍にはおおよそ明治19年(1886年)に存命だった人が記載されています」
中野「すると今から138年前に生きていた先祖がわかるのですね!」
准教授「それだけではありません。現在の筆頭者に当たる戸主の両親の名前は、仮に亡くなっていてもそれに記載されています。戸主の妻の両親の名前もわかりますよ」
中野「すごいですね」
准教授「時には戸主の祖母の名前が記載されている場合もあります。するとその人の夫、つまり戸主から見たら祖父の名前がわかります。更にそこには戸主の祖母の父の名前が記載されています。戸主の祖父が亡くなり、戸主の父も亡くなったのに、戸主の祖母が存命の場合に、そのような記載がされます」
中野「祖母と孫が同じ戸籍に載るのですか?」
准教授「昭和21年までは今と違って、子供が婚姻しても新しい戸籍を編纂して戸籍が別になることがなかったのです」
中野「そうだったんですね」
准教授「とりあえず、ご両親の戸籍謄本を取ってみたらよいと思います」
中野「ありがとうございます。さっそく取ってみます」
准教授は今日は自分が誘ったのだからと二人分のレシートを手に取って会計に向かいました。
中野「ありがとうございました。それにごちそうにもなってしまって、すみません」
中野は戸籍を取るためにJR八王子駅に隣接した市役所の出張所に向かうことにしました。准教授は大学へ戻るからとそこで中野と分かれました。
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