前編

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深山は授業をサボった。背を向けている野原を余所に、岩津に人差し指を立てて合図しながら教室を抜け出した。廊下で岩津に「昼飯買ってくる」と通知を送った後、そのまま階段を駆け下りて学校近くのコンビニまで向かった。 「じゃあここの問題を……」 野原は振り返ると空いた席に目をやった。 ひとり欠けていることだけはわかった。 その後ろで岩津が携帯をいじっている姿を見て注意した。 「おい、授業中だぞ」 野原は決して生徒を名前で呼ばなかった。 「すんません」 岩津は深山に返信を送りながら野原に見向きもせず謝った。こうなるのは当たり前だ。野原が生徒の顔に目を向けることなく授業を始めるのだから。 野原が生徒を番号で呼ぶのにはなにか理由があるはずだと深山は考えていた。 ――昼休みになったら先生に訊いてみよ。 野原のことを考えながらコンビニでおにぎりの棚を眺めていた。隣の棚をチラッと見た。今日はサンドイッチにでもしようか迷う。 一葉高校の近くにはここしか昼飯を買えるところがなく昼休みの時間になると列が並ぶ程である。そのため大勢の生徒が押しかけてくる前に、自分と友人の分を買っておこうと思い至った。珍しいことに自分と同じように考えている生徒がいて、コンビニの店内はごったがえしていた。よく見ると制服の色が違う。髪型も派手な奴らばかりだった。 自分も金髪姿でいることを忘れるくらいこの場に馴染んでしまっていた。 他校の不良生徒が近づいてきたので思わずじっと見つめる。丸刈りのピアス男。自分よりひとまわり大きい図体をしていた。 「あ? なに見てんだよ」 「いや、別に……」 深山は物怖じせずに岩津の分のおにぎりを取った。そのときだった。さっき見た男が舌打ちをしながら深山を睨んできた。先に取ろうとしたのは俺の方だと言わんばかりにレジに並ぶ深山の背後に立ち、深山が買い終わるのを黙って見ている。棚に並んでいた最後の一つを取ってしまったからか、後ろにいるピアス男の圧を感じて絶対に振り向けなかった。会計を済ませてコンビニの外に出ようとしたとき、肩を力強く掴まれた。 「おい、ちょっと待て」 「な、なんだよ」 掴まれた手を振り払い、ピアス男の顔を見る。 「食いもんの恨みはこえーぞ」 「は?」 ピアス男は深山におにぎりを取られたと勘違いして深山に喧嘩を吹っかけてきた。 「お前その制服“一葉”だよな? ちょっと面貸せや」 「は? ラスト一個のおにぎりくれぇでなに言ってんのお前。ちっせー男だな」 とりあえず売られた喧嘩は買おうかと思い煽ってみる。相手の出方次第じゃこのまま学校まで逃げ切るしか方法しか思いつかないのだが、さてどうするか……。 深山はコンビニの袋をわざとピアス男の前に差し出した。 「そんなに食いたかったのかあ?」 「てめえ……それよこせや!」 ピアス男の仲間らしき男が数名コンビニから出てくるのが見えた。深山はピアス男が奪おうとしたコンビニの袋をひょいと上にあげると、そのまま学校の校門の方まで走り去っていった。 「喧嘩する気あるならこっちまでこいよ!」  ピアス男に向かってそう吐き捨てながら、ひたすら走り続けた。相手はおそらく一人じゃ来ないだろう。さっきのコンビニの前には数台バイクが停まっていた。 実は喧嘩に慣れているというフリをすれば相手は自分のことを相手にしないで逃げると思ったのだが、逆効果だった。作戦失敗だ。 深山は息を切らして校門を抜けて校庭の脇に設置してある水道の蛇口に口を付けて水を飲んだ。バイクの音がだんだん近づいてくる音がした。 ――はえーな、やっぱ。しかも三台かよ。 もっとくるかと思ったが、自分の喧嘩相手は三人くらいなら相手にできるだろうと少し強気になって見せた。 「くだらねえな、ほんと」 「おにぎり渡してくれりゃあいいんだよ」 水を飲み終えて振り返るとピアス男がヘラヘラ笑いながら金属バッドを肩に掛けていた。
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