35人が本棚に入れています
本棚に追加
窓から耳慣れないバイクの音がしていた。
岩津が気になって窓から校庭を覗くと三人の見知らぬ不良生徒と深山の姿があった。
「え、マジ!?」
音を立てて椅子から立ち上がるとその声に気づいた野原が番号で岩津に声をかけた。
「十二番、授業中だぞ。どうした?」
「先生、喧嘩っす、喧嘩っすよ! ちょっと俺行きますわー!」
「あ、おい!」
一瞬だが岩津の顔を追いかけようとした。
喧嘩だとしたら、相手はどこのどいつだ。
野原は恐る恐る窓際まで向かう。
金髪の生徒――二十五番の深山の姿がそこにあった。相手は三人、割に合わない。喧嘩なら一対一でするべきだ。いやそもそもするべきではない。
「深山じゃん! え、なんかヤバくない?」
「こら、座りなさい……」
野原は軽く溜息をつきながら、窓際に立つ生徒を座るように促す。とりあえず騒ぎになる前に生徒指導担当の教師に連絡を――と思ったが遅かった。岩津が深山の喧嘩に加勢しているのが見えた。ほかの生徒も野次馬になって窓を開けてなにかを叫んでいた。
「深山ー一発殴っちまえー」
余計なことを。野原は教科書をバンと勢いよく置いて教室を出た。これ以上場を盛り上げてはならない。授業は中止だ。
先に職員室に向かおうとしたが、もう噂は野原以外の教師にも広まっていた。喧嘩だと一目でわかったらしく、生徒指導担当の山木が深山のところへ向かっていた。野原が担任だと知って彼は「大変ですねえ」と嫌味ったらしく嘆いていた。深山のことなんか今までほったらかしだったのだろう。
山木と共に校庭に出ると、ちょうど深山がピアス男に一発手を挙げているところを目撃した。
早く喧嘩を止めなければ……。
「おい、お前らよその生徒だろ。さっさと帰りなさい!」
山木が声を上げた。ピアス男が深山の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとしたときだった。ピアス男の手が止まると鼻血を垂らしていた深山が野原の顔を一瞬見て笑った。
初めて野原が深山と目を合わした瞬間だった。
――なに笑ってんだ……あいつ。
山木の隣にいた野原はふたりの間に入って喧嘩を止めようとした。
「こら、その胸ぐら掴むのをやめなさいっ」
「んだよ、離せ! まだ終わってねえって!」
ピアス男が野原に向かってそう言うと、背後から別の不良生徒が野原の腕を掴んで顔に殴りかかってきた。野原は避けきることができず、そのまま地面に仰向けに倒れてしまった。深山が心配そうに野原に声をかけた。
「あっ! おい先生! 大丈夫?」
「先生に手を上げるとは、警察呼ぶぞ!」
「警察呼ばれたらたまんねーわ。帰るぞ」
「おう」
山木がスマートフォンを取り出した途端、ピアス男らはバイクに跨り一葉高校の校門を通り過ぎていった。
「野原先生大丈夫ですか?」
山木が野原の上体をゆっくり起こしながら声をかける。野原の意識はあった。
「ええ、少し頭を打っただけです。すみません喧嘩を止めるはずが……」
「深山と一緒に保健室へ向かってください」
「そうですね。わかりました」
顔に触れると右頬が微かに赤く腫れていた。
立ち上って目を逸らしながら深山の様子をちらりと窺う。
深山の白いワイシャツの袖をよく見たら血が付着していた。派手に殴り合ったな全く……。
野原はふたたびその場で軽く溜息をついた。
「二十五番、一緒に保健室にこい」
「ここでも、番号呼びかよ、うざ」
深山は袖で鼻血を拭ってしまったらしい。
他校の不良生徒は大人しく帰っていったが、肝心の深山に反省の色は全く見えなかった。
喧嘩を終えた岩津が深山に「先に教室戻ってる」と言って校庭を後にした。
深山は喧嘩を止めようとして巻き込まれた野原に関心があった。野原はその場から立ち上がり深山と共に保健室へと向かった。
先を歩いていると後ろから深山に話かけられる。
「なあ、先生」
「なんだ?」
「俺のことさっき初めて見てくれたでしょ。喧嘩かっこいいって一瞬思ったでしょ?」
「そんなわけあるか」
一瞬でも自分に目を向けてくれるとしたら、それはどんな相手だろうか。今までどんな相手でも目を逸らし続けていた自分が一瞬でも目を向ける相手がいるとしたらそれはどんな相手だろうか。
最初のコメントを投稿しよう!