前編

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残暑の厳しい季節に入り、進路相談の面談日を迎えた。深山にとって野原と一対一で話せるチャンスがふたたび訪れる。 面談日を過ぎると高校生最後の文化祭が始まる。それまでになんとかして野原の『生徒の番号呼び』の謎を解明したいところだ。 放課後、出席番号順にクラスメイトが一人ずつ空き教室に呼ばれていった。 「深山ー終わったぞ」 前の番号の生徒が深山に声をかけると、深山は軽く返事をして野原の待つ空き教室へと向かった。 教室の戸を開けてバタンと勢いよく閉めた。 「どうした? やけに不機嫌そうだな」 「別にそんなことないっすよ。先生、俺先生が担任になってからずっと気になってしょうがないんだよね……その番号呼び」 「……今は関係ない話だろ。えっと、二十五番のお前の進路は大学に進学とかは考えてないのか……」 野原が手元のプリントを拡げながら深山が書いた「家事手伝い」の文字に溜息をついた。 「あー……ほら俺の実家飲食店やっててさ、母さんの手伝っていうか、元気なうちに店の跡継ごうかなって……」 「そうか……」 野原は深山の表情を全く捉えようとしなかった。淡々と返事をして、ただじっと深山の提出したプリントを眺めている。見ていてもどかしい。こっちを向いてその陰鬱な表情をもっと見せて欲しい。 「なあ先生、俺の顔見て」 「なんでだ。ほかに言いたいことでもあるのか? ちゃんとお前は将来のことを見据えてるじゃないか。母親の手伝いなんて素直に言えたもんじゃないぞ」 「そうだけどさ……いやそうじゃなくて…」 「じゃなくて?」 「なんつうか……俺頭悪いから大学とかは行けねえけど、ほら実家の店跡継いだだけじゃなんか人生つまんねーでしょ」 深山は頭を掻き毟りながら野原に語りかける。ああ急に胸騒ぎがしてきた。せっかく野原とふたりきりなのになにも進展しないじゃないか。言いたいことも言えずにこのまま教室を去ってしまうのか? 「人生は確かにそれだけじゃつまらんな」 野原は深山の言葉を不器用ながら掬い取る。流石に教師らしい言葉を投げかけられて、深山は益々野原に思いを馳せる。 「だろ? 先生やっぱわかってんじゃん。俺さ今すっげー好きな人いんだよね」 「そういう話か」 相変らず相槌を打つくせに目線は机に置かれたプリントのままだ。一瞬、野原がプリントから目を離したように見えたので咄嗟に声をかける。自分に目を向けられたような気がしたからだ。 「あ、今俺の顔見た? 見たよね?」 必死になって野原を見つめる。 「どうだがな」 野原はふたたび溜息をついてプリントを見ながら呟いた。 「ねえ先生連絡さ――」 「時間だ。次の生徒呼んでこい」 連絡先の交換の申し出をしようと制服のポケットからスマートフォンを取り出したとき、野原は深山の行動をさらりと受け流した。 野原に気に入られるための言葉は選んで話したつもりだが手応えはなかった。進路に対しては一言軽くアドバイスを貰えたから少しは進展があったようにも思えた。
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