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虎将が作ってくれたブランチを終えて駐車場に行くと、昨日の車ではなく大型車が待っていた。後部座席に二人で乗り込み、さらに後ろには段ボールが数枚入っている。運転席には、昨日の人と同じ人だ。
「ヒガシキャッシュサービスまで頼む」
「え? あ、はい!」
運転席の男がカーナビに行先を入れるとすぐに発進する。
「そういえば、紹介してなかったな。運転してるのが吾妻組の若頭。陽太だ」
「あ、藤田陽太です。よろしくお願いします姐さん」
ミラー越しに目が合い、会釈をする。
「こちらこそよろしくお願いします。……でも若頭さんってけっこう偉い人なのでは……。運転手なんですか?」
若頭といえば組長の次に偉い立場の人のはずだ。そんなすごい人が運転手をしているのも違和感がある。
「まあ、たまに護衛兼運転手をやってるって感じっす。お気遣いどうも」
「ああ。昔からの関係が抜けないって感じだな」
「そうなんですね……」
昔のことをどこまで聞いていいのかわからず、春子はそれ以上聞くことはできなかった。
「春子、陽太に浮気するなよ?」
急に虎将に肩を抱かれ引き寄せられる。
「浮気!?」
至れり尽くせりで油断していたけれど、彼は婚約者であり昨日もキスをされたし、服を脱がされかけていたんだった。しかも『浮気』だなんて。
「あの、虎将さんっ!」
彼の身体を押し返すも、力が強くて離れてくれない。
「ちょっとちょっと。オレのいるところでイチャつかないでくださいよ~! それに組長の婚約者さんに手ぇ出したらオレがどうなるか……」
婚約者なら強く拒否するのも変かとハッとする。だとしても人前で堂々と抱き合ったりなんて恥ずかしくてできない。
「わかってるって。な、春子」
同意を求められても、どう返事をしたらいいかわからない。
「もう離れてくださいってば」
思い切り力を込めると、ようやく虎将の身体が離れていった。
「なんだよ、つれねえな」
「人前ですからっ」
「じゃあ家に帰ってからが楽しみだな」
虎将は不敵に微笑む。彼は陽太の前で婚約者のフリをしているのだろうけれど、春子にとっては戸惑うことばかりだ。
「オレ、こんなに楽しそうな組長、初めて見ましたよ」
陽太が前を向きながら笑った。
「おい陽太、余計なこと言うな」
二人の過去まではわからないけれど、仲の良さは伝わってくる。ヤクザの組長と若頭の会話にしては想像よりもフランクで気が抜ける。
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