第十話 サービス

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第十話 サービス

 “楽しい時間”は、過ぎるのもあっという間と言うが、まさにその通りだった。  朝、ゲートが開くまで待っていた時には、夜までの長い時間をどう過ごそうか、時間を持て余さないだろうかと思っていたが、気づけば空も暗くなっていた。  何より、今日は“ファストパス”を使わずとも、殆どのアトラクションに好きなだけ乗れた。  平日で梅雨時期、そして特別イベントがないこともあってなのか、(ゲスト)は相当少ない日、いわゆる“当たり日”だったお陰で、二人は十分過ぎるほどにパークの魅力を堪能した。  笑い、叫び、驚き、食べ、とにかく遊びまくった将都と香那。  最初こそ互いに気遣う空気もあったが、一緒に過ごす内にすっかり打ち解けていた。  一緒に笑ってしまったのは、ゲートが開いてパーク内に入ってからのこと…。  “ワールドバザール”を真っ直ぐ抜けると一番最初に目に入る、パークのシンボル“シンデレラ城”を目の当たりにした時に、テンションが上がりすぎて、両手を挙げて「おーー!」と、二人で意図せず全く同じことをしたことだった。 7ca7303d-4ba5-4922-bfbd-2ddd5362e145 「最初に行くのは…ビッ…」  “ビッグサンダーマウンテン”と、将都がそう言おうとすると、 「最初はビッグサンダーマウンテン!」  と、香那は彼の言葉に被せるように答えるなど、乗りたいアトラクションの順番も殆ど同じ、食べたい店も殆ど同じ。本当にストレスなく、パークでの相性はとても良い二人だった。  夜…、 “エレクトリカルパレード”も見終え、夕飯も済ませたあとのこと…。  人も捌け、閉園までの時間も少しずつ迫ってきていた。 「待たせてごめんなさい」  香那は注文していた、オーダーメイドショップで作れる革の携帯ストラップを取ってきた。 「はい、これは将都さんの」  香那はストラップを二つ注文していて、一つを将都に手渡した。 「…え、俺のも?ありがと」  将都の受け取ったストラップのカラーはブルーで、ディズニーロゴと、今日の年月日が記されていた。 「日付…?」 「うん、何入れようか迷ったので…今日の日付にしちゃいました、“記念日”」  香那のストラップはピンクで、将都に渡したのと同じ日付が記されていた。 「…記念日」 「はい、記念日です。次はいつ来れるかな。大学合格して卒業記念にクラスの友達と…来れるかな」  そんなことを呟きながら、香那は早速、携帯電話にストラップを取り付けた。  将都は、何だか待ったない気がして、携帯電話には付けず、鞄の中にしまった。  二人は少し歩き、シンデレラ城裏手近くのベンチに座った。  どっと疲れを感じ、脚が重い。  一日中歩いていたのだから当然のことだが、楽しく夢中になっていた時はそんな疲れなど感じないでいたのにと、二人とも同じことを思った。  それはつまり、夢と現実が交差したような楽しい時間も、終わりを迎えようとしてることを意味していた。  将都は、香那の横顔を見つめると、急に今日が終わるのが惜しくなった。いや、“惜しい”というのは、遠回しだ。心に湧いて出てきた感情は、寂しさだった。  ふと何も喋らなくなった将都が気になり、香那も彼の方を向くと、互いに目が合った。  疲れもあって、ぼうっとしていた将都は、こちらを向いた香那と目が会うと、少しはっとしたように目を大きくした。  香那はそんな彼に、何だろうかと首を傾げた。 「あのさ…」  将都は、前を向き口を開く。 「何ですか?」  香那は将都の方を向いたまま軽く頷いた。 「…今日はありがとう。香那さんと来れて良かった」  将都に改めて礼を言われると、香那はにっこりと笑った。 「いいえ…。こちらこそ、本当楽しかったです。将都さんのお礼になったのなら、幸いです」  将都は、彼女が自分とは生きる世界の異なる“遠い存在”であることを今になって考えた。  多分、もうまともに会うことはないだろうと。これが“國分 香那”でなく、普通の女子高生“国分 香那”なら、「また会おう」と言いたいところだが…。  葛藤しているそんな自分に思わず笑う将都。 「俺さ、正直、香那さんに偏見持ってた」 「偏見?」 「ああ、うん…。テレビで見せる姿はキャラ作りで、裏ではもっと違う姿…特に若くして人気を得た奴は性格悪いんじゃないかってさ」 「あー…なるほど。芸能人の顔の裏みたいな」  香那はそう言いながら、顎に手をやり、にやりと冗談っぽく悪い笑顔を見せる。 「でも、君は違った。本当に普通のどこにでもいる女の子なんだって。すっかりテレビの向こう側の人だってことを忘れて、今日一日過ごせたよ」 「ありがとう…。でも偏見でもないですよ」 「え?」 「“そういう人”もいっぱいいます。ただ、表裏のない人もいっぱいいます」 「…人それぞれってことか」 「はい」 「なら…香那さんは、マジでいい人だ。今日の素の姿を見て、本当にそう思った。きっと君が芸能人でなかったとしても、今日は同じ一日が過ごせたと思う」  将都のその言葉を聞き、香那は、はにかんだ笑顔を見せた。  そんな彼女を少し見つめると、将都は少し上を向き、目を瞑って深呼吸をした。  その様子を見て、香那は少し胸が高鳴るのを感じた。 「…君に話すか迷ったけど」  将都はそう言い目を開けると、今度は少し下を向いた。 「…何ですか?」 「…二年前…そう二年前、俺、彼女を亡くしているんだ」 「…あ」  小さく声を漏らす香那。何と返していいか分からなかった。加えて、予想していたことと、あまりに違う話に戸惑ったのだ。 「亡くなったのは、学校の帰り道。互いの家の方へ向かう別れ道で…別れたすぐあとさ。その時にさ、“一年記念にディズニーデートしよう”って約束して、別れたんだよ。バイバイって笑顔で手を振る姿が、最後に見た彼女だったんだ」 「………」  二年前、京野城市で、人が忽然と消える事件が相次いだ。そのことは呪われた事件として、怪奇記事にも掲載されたことがあった。  更に事件と同じ頃、失踪現場付近で“幽霊を見た”という話が出回り、事件との関連性が噂されるようになった。当時は夏休み前ということで、学生らの間でそれは盛り上がりを見せた。  幽霊が人をどこかへ拐う、と。  その頃の将都は、一つ歳上の“亜紀”という同じ高校の先輩にあたる、彼女がいた。  ある晩、帰り道で別れた直後、亜紀の悲鳴が聞こえ、将都は鞄を投げ捨て、彼女の帰路の方へと走った。  そこにいたのは、黒い人影。いや、人と呼んでいいかも解らない“何か”だった。  それが幽霊の噂の元だったのかは定かではない。  将都はその“何か”にも驚いたが、亜紀の腕が喰い千切られていたことに絶句した。  “頭が真っ白になる”、本当の意味でそうなった体験はしたことがなかった。  見たこともない化けものを相手に、将都はどうしたらいいのか、ただ混乱した。  それでも彼女を、亜紀を助けなくてはという思いで、体が自然に反応した。  全力の踏み込みからの渾身の突き、蹴り、持っている力の限りをその黒い“何か”にぶつけた。  だが、見た目は一見ひょろくも見えた“それ”は、絞り込まれた繊維質のような肉体で、その感触は例えるならまるでタイヤだった。  打撃を打ち込んだ際に感じるインパクトは、もしそれが人であれば間違いなくダメージを与てえるものなのに、まったく意味を成さなかった。  その“何か”は、懸命に攻撃をする将都のことを蹴り飛ばしたのだ。  吹っ飛ばされた将都は、あまりの衝撃に意識を失いかけた。  将都は蹴りに反応はしていた。しっかりと身体をガードしていたのだ。しかしガードごと飛ばされ、腕はその一発で折れたのだった。  それでも、気合いで、意識を保とうとした将都だが、その目に入るのは絶望。  どう見ても、亜紀は既に事切れているのが解ったからだった…。  そいつは、さらに亜紀の体を貪り食っていた。もう上半身の半分はなかった。  その“何か”は、亜紀を捨て、将都に向かい近づいてきた。将都は覚悟した。これは自分も助からないと。  バーンッ!その時一発の銃声が響いた。  乾いたその音が銃声なのだと理解をしたのは、駆けつけた男のその手に拳銃が握られていたからだった。  その人こそが、将都が私立探偵を目指す切っ掛けになった人物だ。  将都はその直後、意識を失った。      そんな二年前のことが頭を駆け巡る将都。  勿論、香那にそこまでは話さない。知ってもらう必要もない。 「…何だろうなぁ…俺は子供の頃からここが好きで来たかったんだけど、彼女との約束もあって、それを考えなくてもいい理由が欲しかったのかな」  香那は眉根を寄せて腕組みをしてみせた。 「うーん、重いなあ…その理由が“私と”で良かったのか、ちょっと自信ないです」  将都はベンチの背もたれに寄り掛かりながら香那の方を向くと、軽く頷いた。 「君でよかった…今日一日過ごしてそう思った。何より、超人気アイドルとデートするとか最高でしょ、普通はありえないもんな」    香那は腕を解くと、少し顔を膨らませた。 「そんなこと言ってえ、将都さんアイドルタレントとしての私には、そこまで興味なかったですよね?」 「…そこ言われるとイタいんだけどさ」  慌てて頭を掻く仕草をする将都を、香那は優しい笑顔で見つめた。 「そんな将都さんにはあまり嬉しくないかもしれませんが、ディズニーデートに加えて、一つサービスを追加しますかねえ」 「サービス?」  香那は、将都が“何のことか”気にするのを無視して、右手を前に出した。 「将都さんのケータイ、貸してくれませんか?」 「ケータイ?」 「いいから、貸してください」 「…うん」  将都は香那に言われるままに、ポケットから取り出した携帯電話を手渡した。  香那は受け取った携帯電話のカメラを自撮りモードにすると、それを持っている右手をグッと伸ばし、将都に近づいて顔をくっつけた。 「っ!!??」  突然のことに驚く、将都。  香那は悪戯な笑顔を見せながら、シャッターボタンを押した。  “サービス”とは、ツーショット写メのことだった。 「な、何を…」 「ツーショット写メですよ」 「いや、そうじゃなくてこれは事務所にバレるとヤバイんじゃないのか?」  確かに、これはとんでもない違反行為だった。事務所からはプライベートでの撮影は許可のないものは禁止されている。  例えば、仮にこの写メが流出すれば、将都とどんな関係であれ、デタラメな記事を書かれ、香那の価値を落とす危険があるからだ。  それは芸能人に興味のない将都にも、何となく解ることだった。  人気アイドルが、売れる前の、下手をすると芸能界に入る前の、異性と撮ったプリクラが元で転落していった話は一つや二つではない。 「こ、これ、消すぞ?」  将都は香那の手からサッと携帯電話を取り返すと、削除キーを押そうとした。 「待って!やっぱり…私のファンじゃない将都さんには、嬉しくないサービスでしたか?」  質問をする香那の少し悲しげな表情は演技なのか本気なのか、将都は苦い顔をする。 「…何か間違いがあって、君の芸能人生の足を引っ張りたくない、それだけだよ」 「いいですよ」 「何?」 「私は将都さんに命を救われたから今ここにいるんです。そして明日からも仕事が出来ます。もしその写メが元で、私のタレント人生が終わったとしても、私はそれを過ちだと思いません。決して、ノリで撮ったんじゃあないですよ」 「…香那さん」 「勿論…嬉しくないって言うなら、削除して構いません…けど」  将都は、ゆっくりと、自分の携帯電話の画面に写る写メを見た。  少しだけシンデレラ城がバックに入っていて、驚いている自分の顔がマヌケで、香那の笑顔はどてもキラキラしている。  間を空け、ため息をつくと、将都は笑みを見せて首を横に振った。 「わかった…消さないよ」
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