第十一話 お別れ

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第十一話 お別れ

 舞浜駅は、ディズニーリゾートからの帰り客で、一気に混み出していた。  自宅に帰るのか、新浦安や幕張のホテルに向かうのか、駅にいる者たちは皆、今日という楽しい余韻に浸っているのが窺えた。    将都は、駅のコインロッカーからキャリーケースを取り出し、香那とホームへ上がった。  程なくして来た車両に乗り込む。  休日に比べれば、大した混み具合ではないのだろうが、それでもパークから一気に流れてくる人の数はそれなりだ。そんな中、将都は香那をドア際に立たせると、自分を壁にして他の客がくっつかないように気遣った。  動き出す京葉線が揺れた瞬間、バランスを崩して、将都の胸に頭をぶつける香那。 「あ…ごめんなさい」  将都は、ぶつかったおでこを押さえる香那を見て苦笑した。    閉園してもまだライトアップしているディズニーリゾートが窓から綺麗に見えるのが、名残惜しく感じる。 「…ああ、楽しかった」  外を見ながら将都が小さな声で一言、そう言うと、香那も小さく「うん…」と応えた。  二人はそれから、東京駅に着くまで殆ど会話を交わさなかった。  将都は、何を話せばいいか、分からなかったのだ。  “特別な雰囲気”に任せて、調子に乗ったことを言って、せっかくのいい思い出を壊したくはない。かと言って、もう会うこともない特別な相手を前に、日常的な会話をするのも、どこか虚しい。  将都がそんなことを頭で巡らせているとは知らず、香那は、彼がなぜ何も話してくれないのか、少し寂しさを覚えた。  黙っていると、繰り返されるダダンダダンという電車の走行する音が耳にうるさく感じ、目の前に立つ彼の顔を見上げると、その視線は自分ではなく、外を見ているのが分かった。  沈黙のまま、東京駅に着くと、二人は今朝と同じ長い通路を、今度は新幹線の乗り換え口前まで歩いた。  将都には、早朝ここを歩いたのが、何だかとても以前のようにさえ思えた。  いよいよお別れだ。  将都は、予め買っておいた乗車券を鞄から出す。今夜の京野城行きの最後の新幹線。  香那との解散が早まれば買い直せばいいと思い、時間に慌てなくてもいいよう最終の切符を買っていた。 「それじゃあ、本当改札まで見送り、ありがとう」  将都は、香那の方を向き、礼を言った。  香那は目を合わせずに、「…うん」と頷く。  そんな彼女に、将都は手を出して握手を求めた。彼の手を見た香那は、顔を上げる。 「“握手会”ってのがあるくらいだから、握手も規則違反かな?」  将都が冗談っぽくそう言うと、香那は少し寂しそうに笑いながら、首を横に振った。 「そうですね。それじゃ、命の恩人の将都さんには、握手も、サービスいたします」  香那も冗談っぽい口調でそう言い、手を差し出した。  そして握手を交わす二人。  お互いの手の温もりを感じ合う…。    手を放すと、将都は背中をむけて新幹線の改札口へ歩き出した。  そして乗車券を通して改札の向こう側へと入る。  将都が振り向くと、香那は笑顔で手を振った。それを確認した将都も、軽く手を振った。  人混みに紛れ、将都の姿が見えなくなるまで、香那は彼を見送った。 「よお、彼、行ったかあ」  突然背中を叩かれて、後ろからそんな声が聞こえると、香那は物凄くびっくりした顔をした。  振り返ると、そこにいたのは三木だった。 「一郎太さん!?」 「お疲れさん、命の恩人は、満足していたかい?」  薄茶色のサングラスを掛けた三木が、ニンマリとした笑顔を見せる。 「いつからいたんです」 「今着いたところだよ」 「ど、どうしてこかに私がいるって?」  サングラスを外し、胸のポケットに引っ掛けると、三木は人差し指を立てた。 「何となくだよ。君とのデートを堪能するなら、ギリギリまで時間を使うかなとね。なら、乗るの時間は最終かと……予想は当たったね」  三木曰く、香那が将都に抱きつくか、キスでもしようものなら、止めるつもりで来たのだそうだった。楽しい時間を過ごした男女は、別れ際に、そういう展開になることが多いのだと。   三木の深読みに、香那は思わず目を丸くした。 「今回の件、彼のことを信頼してOKしたけど…、君のことは考えなかったなあと後々に後悔してね」 「私のこと?」 「そう、一度了承したからには、ダメとも言えないし…。君が彼に恋するパターンを考えずにいたなと、ね」 「……!!」 「何だその顔は。彼、いい奴だろう?絶対に香那のタイプだと思ったんだが……、予想は外れたかな?ま、私としては、何もなくて安心したがね。まだ君から初々しさを失くして欲しくないからならな」  香那は、目を細め、ため息を漏らした。 「…彼、別に、私のこと芸能人としては一切見てませんでしたよ。時間いっぱいなのも、私もなかなか行けないディズニーで最後までいたかったからです」 「ほう…」 「乗車券は、慌てなくてもいいように、最初から最終にしてたみたいです。本当、私のこと“普通の女の子”として接してくれていました」  嬉しそうな、それでいて寂しそうな、そんな表情で語る香那を見て、三木は自身の予想が当たっていたことを察した。 「それと!一郎太さん!覗き見は、悪趣味ですからね!」  突然、香那は振り向いたかと思うと、三木の顔に人差し指を突きつけて、そう言った。  驚いた三木だが、苦笑しながら「……君を守るのが、私の仕事なんでね」と呟いた。  一方、新幹線の席に座った将都は、携帯電話を取り出し、香那とのツーショット写メを見ていた。  そして思った。  香那との別れの時間が、こんなに寂しいものになるとは、と。 END
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