第二話 モール内の曲がり角

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第二話 モール内の曲がり角

 2003.5.4(Sunday)  五月の連休二日目は、まさに五月晴れ。家にいるのが勿体無いと思わせる気候に恵まれた。  連休初日の昨日、市民広場で開催された映画プローモションのトークショーは楽しんだのだろうかと、今日も目に留まる“國分 郁奈”がイメージキャラの食品メーカーのポスターを見て、沖のことをふと考える将都。  実は外出を今日にしたのは、そのトークショーのために駅や電車が混むのが嫌だと思ったためだった。  何せイベントを開催した市民広場は、今電車を降りた京野城駅の近くだ。“國分 香那”が、そんなに人気ならば、周辺は確実に混雑したであろう。  沖の話を聞いていなかったら、連休初日に出掛けてる予定だったが、午前早めの時間だからとはいえ、駅構内の人の少なさを見て、今日で正解だったと将都は一人頷いていた。  そんな彼は、京野城駅から少し離れた所にあるショッピングモール内にある書店に来ていた。 5f1041d5-35b8-4a02-954b-9b9b151d258d  “十文字書店”、市内でも品揃えがかなりよく、他の書店では取り扱わない本もあったりする。    そして将都の目的は普通の本屋にはあまり置くことのない、そんな参考書だった。 「あったあった、これこれ」  高校三年生の将都は、今年は受験生になる。  一年生の頃から、志望する進路は決めており、少しずつ勉強はしていたが、何分ゲームが好きな彼にとっては“新作タイトル”という誘惑が常に付き纏うわけで、今年はそこを我慢して、勉強に力を入れる必要を実感していた。  まずは必要な参考書のゲットだ。  その受験先とは、大学ではなく、東京の“ディテクティブ•アカデミー”だった。  そのアカデミーを最も簡単に説明をするなら、民間人でも銃を携行出来る国家資格を得るための学校、というところだろうか。  凶悪化する犯罪に対して、民間人でも銃を持つことが出来る法案が、十年前に可決されたことで、それに伴って設立された学校だ。  “アメリカのようになる”と一時は騒ぎも起きたが、あくまで国家資格。銃社会になるわけではなく、今のところ、乱射のような事件は起きていない。  正確には、銃を持つことを目的としたものではなく、銃の携行を許可された民間の捜査人、探偵資格“ディテクティブ・ライセンス”を取るために通う学校だ。  “ディテクティブ・ライセンス”とは、事件、事故の情報収集や分析、調査の権限を持った民間人の資格であり、その中の一つに銃の取り扱いが含まれているのだ。  また類似する学校では“エージェント・アカデミー”というものもあるが、こちらは主に民間エージェントとして警備会社に就職することが殆どだ。  アカデミーに通わずとも一定のキャリア、経験のある元警察官や元自衛官といった人間が、試験に挑戦することもでき、多くはないがそういった転職をする者もいた。  そんなアカデミーへの入学は、試験の分野はまったく異なるとはいえ、名門大学に匹敵すると言われている。人によって公務員と民間での向き不向きもあり、また比較するものでもないが、“銃を持つこと”だけを考えれば、警察になる方が楽と言えた。  そもそもだが、民間の捜査人やエージェントとは、銃を持っても警察と役割、立場が全く異なる。  警察は基本的に、“事件、事故が起きたこと”に対して動く組織だ。  警備専門の部署もあるが、民間人を守るものではない。  よく“警察は何もしてくれない”という文句を言う者がいるが、何もしないのではなく、出来ないことが多い。捜査等の権利は法で制限されている。  例えば、“如何にも怪しい男”がいたとして、絶対何か悪いことをするという憶測だけでは何もできない。  加えて民事不介入であり、国民の命と財産を守る存在として、曖昧な部分は多く、そこに葛藤している警察官も少なからずいるのが現実だ。  応対不十分なだらしない警察官もいるのも事実だが、警察への不満は警察組織より、法を決めることが出来る政府にするのが本来スジなのだろう。  逆に言えば、民間人は、例えばその身に危険を感じることがあるならば、自らで警備員を雇うなどをすべきなのだろう。警察は公務を放棄し、個人を守ることは出来ないのだから。  最も、一般世帯の収入で、そんなことが出来るわけもないのだが、事実として自分の身は自分で守るというのは、法治国家といえど常識であるが、それでも日本は平和故に諸外国のようなそんな認識は浸透していない。  それでも日本の犯罪は日々凶悪化している。  そんな中、民間で銃を持った探偵やエージェントがいることで、犯罪抑止になるのではというのが政府の考えであり、その成果は出ていると、騒がれていた頃の国会質疑の中で政権側が解答したが、事実かは定かではない。  政府や法の件はさておいて、将都が“エージェント・アカデミー”への進学をしようと考えたのは、二年前に“ある私立探偵”に命を救われたことによる影響が大きい。  二年前、京野城を震撼させた恐ろしい事件の最中(さなか)、将都は彼女を失ったが、自身はその探偵に助けられたのだ。  彼女を失い心が折れている今に至っても、その私立探偵に憧れを抱いていた。  そして幸い、アカデミーに合格した暁には、学費は出すと父親も言っている。  問題は、将都は大の勉強嫌いというところにあった。  どのくらい勉強嫌いかと言えば、まさに“悲劇的”にだ。  逆に有利な点も彼にはあった。  アカデミーの試験には、武道および格闘技というものがあり、これは例えば“黒帯だから”、“大会で優勝したことあるから”といった、実績は考慮されず、実戦適応力を確認する内容となっている。  将都は空手家だ。  周囲にはあまり知られておらず、無所属で実績も帯もないが、その腕が凄いのは確かだ。  これまでルールに縛られた稽古をしてこなかった分、実戦向きだ。  強いて言えば、鍛錬を怠っているので、体力や筋力が著しく落ちていることだろう。 「あーあ、勉強と運動、どっちもやらにゃならんってかあ…」  欲しかった参考書を見つけ、買って書店を出た将都は、ぼそっとそんなことを呟いた。  思わず近くにあるモール内のゲーム専門店にフラッと寄りたくなるも、今日からゲーム断ちせねばとグッと堪えた。 「マックでも食って帰るか」  まだお昼には少し早かったが、店が混む前に昼食にファストフード店に寄ろうと、飲食店のあるフロアへと向かおうとした。   「あ、おっと」  ゲーム専門店を未練がましく見て歩いていた将都は、通路の曲がり角で、人とぶつかった。  若い女の子だ。  歳は同じくらいのように見える。長い黒髪の女の子。 「あ、すんません」  将都は慌てて謝ると、その子も「ごめんなさい」と苦笑しながら、頭を下げた。 「私、ちょっとよそ見してて」、「俺もです」とお互い前を向いていなかったことを謝罪すると、女の子は会釈をして通り過ぎた。  会釈をした際か、通り過ぎ様に靡く髪からいい匂いがすると、将都は踵を返した。 「…普通ならドキっとしちまうのかねえ」  と、可愛い()なのに、気持ちがそこに行かない自分に、思わず苦笑した。  再び前を向くと、同じ曲がり角でまた人とぶつかった。  いや、将都は足を止めていたので、相手からぶつかってきたような形だ。その勢いは、“互いにぶつかった”さっきよりも強い衝撃で、ドンという感じだった。 「おわっ…!ごめんない」  将都は、よそ見をして曲がり角で突っ立っていた自分が悪いかと、反射的に謝った。  ぶつかってきたのは、色あせた黒いパーカーを着た男だった。  その男は何も言わず、被っていたフードの隙間からギロリと睨んできた。    将都よりおでこ一つ分ほど背の高い男は、見下ろすように将都を睨む。だがそれも一瞬のことだった。すぐに正面を向き、何も言わずにその場から歩き出した。    「…んだよ、あいつ」  将都はちょっとムッとしつつ、マックへと向かい一歩を踏み出した。 「……」  しかし…、もう一歩を踏み出す足が踵を上げたところで止まった。  今の男のことが気になったのだ。  フードの隙間から見えた目に異様なものを感じた。  最初は、ぶつかったことに腹を立てて睨んできたのかと、そう思ったが、その目は自分のことなど目に入っていない…、過ぎ去ってみてふとそう感じたのだ。  将都は怪訝な顔をし、曲がり角の柱から顔を出し、過ぎ去ったさっきの男の姿を確認した。   将都は、普段はぼうっとしていることも多く、夜更かしによる寝不足に、勉強嫌いと、優秀とは程遠い男子高生ではあるが、人並み以上に長けていることがあった。  それは、人の不振な動き、不振な目線、そういったものを感じ見抜く力だ。  その力は“空手家”として、小学生の頃から鍛錬したき賜物と言えた。  将都が直感的にこいつは“普通ではない”と思った男。通り過ぎ様にほんの一瞬フードの隙間から見えたその目。  “ヤバい”という感覚を得るのには、その一瞬で十分だった。  そして、将都の目にもう一人の後ろ姿が映る。  さっきの黒髪の女の子だ。  フードの男の前を歩いている。 「…おいおい、まさかな」
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