第四話 君の名前は?

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第四話 君の名前は?

 瞼の裏に光を感じ、目を開ける。  目に入るのは、見覚えのない天井。  (ここは?)と、一瞬、状況が飲み込めなかった将都だったが、体を起こそうとすると、背中と腕に激しい痛みが走った。 「っつつ…」  痛みと同時に思い出す。  名も知らない女の子を守るために、ナイフを持ったフードの男を必死に止めたこと。  久しぶりに暴れた。  運動不足もあってか、どうやら左腕の筋と右内腿も痛めたようだ。  深く息を吸うと、鼻の中に無数の匂いが舞い込んでくる。  病院の“それ特有”の匂いだ。  どうやら自分はモールから担ぎ込まれたことは理解した。 「…あ、将都さん!目を覚まされたのですね」  ベッド横から聞き覚えのある声がする。  首を横に向けると、側にいたのは家政婦の岬だった。 「岬…さん」  岬は、「ちょっと待ってて」と言うと、廊下に出て行った。  すると部屋の向こうから、誰かに話し掛けている彼女の声が聞こえてきた。  看護師でも呼びに行ったのかと、将都は深いため息をつく。 「本当、とんだ祝日だな」  岬が部屋に戻って来ると、彼女と一緒に何人かが入ってきた。  白衣に身を包んだ者たちは医師や看護師だと解るが、他に見覚えのない者たちがいる。  スーツ姿の男性が二人。  一人は、生地の仕立てが高そうだと、詳しくない将都にも見て解った。髪型もオシャレに決まっている。  もう一人の男性は、少し強面で、スーツが少し草臥れた感じだ。  そして、更にもう一人…、女性だ。女性というより少女、将都と同い年くらいの女の子だ。  そしてよく見ると、その女の子は見覚えのある顔だった。  モール。  そう、モールで助けた、黒い長い髪の女の子、その人だ。 「無茶したねぇ君ぃ」  中年の男性医師は、将都に向かってそう述べた。  一体どうなっているのか周囲に訊きたい将都だが、まずは治療に当たった医師の診察だ。  モールからここに運ばれてから五時間程度が経過していた。  聞けば、重傷ではあったが命に関わるものではないという。ただ、激しい出血をしながら身体にかなりの不可を掛けたことで、気絶したということだった。 「あ、それと怪我とは関係なく、君よく寝るね。まるで全身麻酔でもしたようだった。治療中もいびきしてたしな」  医師は苦笑しながらそんなことを言った。  普段の“夜更かし”による寝不足のせいだろう。将都は頭を掻きながら笑った。  診察が終わると、念の為に今日は入院だと告げられた。  そして、今夜はもっと傷が痛むだろうとも。 「夜、苦しい時はナースコールを。痛み止めを出しますから」  医師の指示で点滴を変えた看護師がそう言い残し部屋を出て行くと、スーツを着た男性二人の間にいた“あの女の子”が、将都のベッドに一歩近づき、深く頭を下げた。 「ごめんなさい!私のために…本当にごめんなさい」     突然の謝罪。  ものすごい感情の籠った謝罪に、将都は驚いた。 「いや、あの…」  返す言葉が出てこない将都は、彼女の顔を上げさせようとするが…。 「ごめんなさい!」  頭の位置は、より深くなった。  困った将都は、岬の方をチラリと見る。目の合った岬が軽く頷くのを見て、将都も頷いた。 「あ、その、顔上げてってばぁ、別に君が謝ることじゃないっしょ」  眉毛を八の字にし、苦笑する将都。 「でも、刺されてるんだよあなた」  そう言われると、将都は頭を掻きながら、「いや、俺前に一度殺されかけてるから、それに比べたらあんな小さいナイフなんて怖くなかったって言うか…」  笑う将都の顔を見ると、女の子は手で涙を拭った。  そんな様子を、少し見兼ねたような表情で、仕立ての良さそうなスーツを着た方の男性が、彼女の背中にそっと手を添えた。  男性のその行動を見て、“この人”は、この()の何なのだろうかと、将都は気になった。見た目の若さから、父親とういわけでもなさそうだとも。  女の子は、自分より背の高いその男性の方を振り向き、見上げ、目が合うと軽く頷いた。  そしてもう一度将都の方を向く。 「あの、“押尾 将都”…さんですよね、お名前」  少し驚く将都。まだ自己紹介もしていないのに、名前を知られているのだから当然だ。 「あ、えと…うん。あれ、そこの(おねえ)さんから聞いたかな?」  将都は岬を指差して尋ねると、女の子は軽く頷いた。 「あ、はい。あと、警察の方からも…」 「警察…?ああ…モールであれだけ暴れたら身分確認されるか…。それじゃあ、えーと、君は?君の名前、聞いてもいい」  将都が名前を尋ねると、女の子は間を空け、もう一度目の涙を拭った。 「私は香那…、名前は“國分 香那”と言います」 「へえそう…香那さんね。よろしく。高校生?」  香那と名乗ったその女の子は、将都の“高校生?”の質問に答えず、首を傾げ苦笑した。  そして間を空け、首を前に出す。 「あの、私の名前、聞いてもピンと来ませんか?」  彼女の態度に、将都は訝しい顔をした。 「え?名前…、こくぶん…かな?」 「はい」 「ああ……國分…香那?ああ…芸能人と同姓同名ってこと?そっか、そういうこともあるか」  予想外の将都の反応に、香那はきょとんした。  その様子を見た“いいスーツの方の男性”は、拳を口元に当てて、プッと笑った。  男性がどうして吹き出したか解らない将都は、目をパチパチとし、首を傾げた。 「いや、これは失礼。挨拶が遅れました」  男性はポケットから名刺入れを出すと、中から一枚を取り出し、将都に手渡した。  それを見て、その男性のスーツの仕立てが良さそうな理由が分かった。  大手芸能事務所“庄司ドリームエンターテイメント”の役員なのだと知る。 「ちょ!ええ、マジですか!?」  大きい声で、尋ねる将都。  名刺には、名前は三木(みき) 一郎太(いちろうた)と記されていた。  庄司ドリームエンターテイメントは、巨大国際企業、庄司エンタープライズの子会社だ。いくら芸能人に興味はない将都と言えど、親会社が超大手だということくらいは知っている。  そして、それがどういう意味なのか、改めて香那の顔を見た。 「庄司エンター…!?ちょっと待って…嘘だよな?君は“あの”國分 香那なの??」  将都は目を大きく見開き、マジマジと香那を見つめた。  香那と言えば、黒い髪のポニーテールと伊達ではない眼鏡がイメージだ。どこにでもいそうなナチュラル感が売りである。  しかし目の前の子は、眼鏡もなく、髪は確かに黒だが、ストレートに下ろしていて、はっきり言ってあの“國分 香那”と同一には見えない。特に大人っぽいメイクがまるで別人だ。  驚く将都に、頷く香那。  今の彼女の見た目から考えれば、そもそも興味のない将都には、テレビや雑誌で見る“國分 香那”だとは気づかなくて当然だと言えた。 「多くの人はね、有名人には“会えるわけがない”という固定観念があって、新幹線の隣の席が芸能人だったとしても気づかないことが多いんだよ」  三木がそんなことを話すと、将都は「はあ…」とそんなものかと浅く頷いた。 「最も、気づかれていないなら、わざわざ正体をバラす必要はないと、私は言ったんだがね…。どうしても君にはちゃんと名乗り出たいと希望してね」  将都は、相手が誰か知らなかったとは言え、超人気アイドルタレントの命を救ったのだ。 「ちょっと待って、色々と聞きたいことが…」  少し混乱する将都は顳顬に指を当て、眉根を寄せた。
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