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第五話 犯人の正体
「え?あ、えと…普通に、買い物です」
“一人でモールで一体何をしていたのか?”そんな将都の質問に、香那はそう答えた。
「いやいやいや、君、超売れっ子っしょ?危ないじゃん、一人でさ。ほら、何だ、SPみたいな人と常に一緒にいたりするもんなんじゃあないの?」
将都の発言に三木は苦笑しながら首を横に振った。
そして、“芸能人は職”であって、君と変わらない一般人だと語った。
「ま…顔の広い影響力のある芸能人もいるし、有名人だからと勘違いしている者もいるが、それでも芸能人は要人でもなければ、貴族でもない。街で見る多くの人たちと同じようにプライベートはあるんだよ」
それは売れっ子の香那とて例外ではない。
勿論、芸能人が普通ではないことといえば、自身を商品としていることで、その価値は売れているほどに多種多様だ。メディアからすれば、マイナスになるネタだって金になる。パパラッチや常識のないファンにいつどこで見られ、追いかけてきているかは分からないという。
「でも私は、“普通”がキャラなので、逆に眼鏡とって普段見せないお洒落をすると、気づかれにくいみたいで」
香那は両手で輪っかを作り、眼鏡に見立てて目に当てた。
その仕草の可愛いこと。
「…ああ、確かに」
将都は、そんな香那に思わず微笑んだ。
“芸能人感のない”のが売りといっても、本物をこうして見るとやはりどこか雰囲気が違うなと、その何気ない仕草でも絵になる空気を生み出すことに、将都は感心した。
ついでに言えば、仕事以外はコンタクトレンズを入れているらしい。
「それでえっと、あの男は…香那さんをあの“國分 香那”だと見抜いたイカれたファンってとこですか?」
そんな将都の質問に、岬が背中を叩く。
「ちょっと将都さん!香那さんは今日、襲われたばかりですよ、その加害者の話をするなんて」
刺された背中に響いた将都は、涙目で顔を歪めた。
「岬さん、俺けが人なんですけど!それに刺されたの俺なんですけど」
「だからって少しは空気読んでください」
二人の様子を見て、香那が割って入る。
「待って、待って下さい…、私は平気ですから」
せっかく笑顔になった香那の表情がまた沈む。
その様子を見た将都が、黙ると、室内はしんと静まり返った。
「あー…その件だが、少し君に話を聞きたいんだが…」
草臥れたスーツの男性が、ここでようやく口を開いた。
部屋の隅に立っており、将都は彼は誰か尋ねようと思ってはいたが、助けた女の子が“國分 香那”だと知るや、すっかり頭から飛んでいた。
草臥れたスーツの男性は、警察手帳を手にして将都に見せた。
「…京野城警察捜査課の日浦です」
一見冴えないおっさんにも見えるが、目が合うと、その鋭い目つきに、やっぱ刑事さんは一般人と違うなと感じた。
「いやぁ、モールの監視カメラ映像見たよ…。君強いなあ」
そんな日浦が、最初に何を尋ねてくるかと少し構えていたが、フードの男との格闘戦について触れたのだった。
「私もね、警察の柔道大会で全国まで行ったことあるから、武道、格闘技は少しは分かるつもりだよ」
「あ、へえ…そうなんですか」
「見事なヒールホールドだね。柔術じゃあ禁止されてるはずだ。とすると…総合かい?どこで習ったんだい?」
その質問に、将都は目を丸くし、回答に悩んだ。
将都の空手術や、その他の関節技を教えたのは…近所に住む輸入雑貨の卸業をしている外国人だった。
どこか道場やジム
で学んだものではない。
日浦も、将都の経歴に、武道の帯や、格闘技のプロアマ含むライセンスなどがないことを知り、不思議に思って尋ねてみたのだ。
「輸入雑貨の卸業やってる人たちに…教わりまして」
「…はあ?」
「あーいいです、ほら、何か聞きたいことあったんでしょ刑事さん」
武道に関して説明するのが面倒な将都は、手を左右に振って、本題に切り替えようと促した。
将都が話をしやすいよう、日浦なりた気遣い、いきなりの本題に入らなかったのだが、彼には必要はなかったようだ。
日浦が確認をしたいのは、将都が何故あのフードの男に突然攻撃的な行動をしたのかというものだった。
将都は、その質問に少し怪訝な顔をする。
監視カメラの映像を見たなら、何が起きたかは解ってるはずだと思ったからだ。
フードの男の名前は、貝谷 義郎。二十二歳のフリーターらしい。
「貝谷には、前科はない。アルバイト先のコンビニでも無遅刻無欠勤、仕事ぶりも真面目ときている」
勿論、“あの人が信じられません”という話は、事件ではよく聞く。
貝谷に関しては、これから捜査を進めていくつもりではいるらしいが…。何と、“将都に突然襲われ、脚に大怪我を負わされた”と、弁護士をつけて騒いでるらしいというのだ。
「はああ?何言ってんだ、あの野郎…ナイフでこの香那さんを刺そうとしてたじゃんよ」
将都が声を荒げると、日浦は両手のひらを前に出し、「落ち着きなさい」と言った。
「そう、奴は彼女を刺そうとしていた…そこが問題でね。実際に刺したわけではない。本人は、そんなことをするつもりはなかったと、殺意を否定しているんだ」
貝谷曰く、久しぶりに幼馴染を見つけて声を掛けようと追いかけた。ナイフはいつも護身用に携帯していて、突然襲われたからやむなく使用した…。と語ってるらしい。
「所持していたナイフは、銃刀法および軽犯罪法に触れるのでね、そこは追求できるが…」
日浦がそう言うと、少し黙って将都は考える。
そして、一つ引っかかるワードがあることに気づいた。
「刑事さん…今、“幼馴染”って言いました?」
「あ、ああ…そうだ」
将都は怪訝な顔で、香那の方を向くと、香那は静かに頷いた。
将都は、熱狂的ファンの嫉妬心や妄想からなる殺人未遂だと考えていたが、香那は捕まった男のことを知っているということだった。
「え?何で?」
香那は口をきゅっと閉じて、軽く頷いた。
まず、そもそも香那の地元は、ここ京野城市なのだという。
「え!そう、なんだ…」
少し驚く将都。
「はい。だから、あのモールもよく知ってます。住んでいたのは小学校を卒業するまでで、中学からは、東京へ引っ越しました」
そして当時住んでいた家のお隣さんが、あのフードの男“貝谷”なのだという。
香那にとって、幼少の頃はよく一緒に遊び、面倒を見てくれた、少し歳の離れた幼馴染、それが貝谷だった。
香那の両親は忙しく、時々貝谷家で面倒を見てもらうこともあったという。
そんなこともあり、貝谷と香那は子供の頃は仲が良かったらしい。
だが、小学校卒業時に東京に転校してからは、特に連絡取ることもなかった。
親同士が仲が良かったこともあって、引っ越し先は教えていたらしいが、年頃になると、色々と忙しくなり、特別用事がなければ離れた相手にわざわざ連絡を取ることはないのが普通だろう。
だが、引っ越し先を知ってので、香那が東京に行ってからも、数ヶ月は貝谷から手紙なんかも来ていたのだという。
「…芸能活動のために、東京に引っ越したんです。今みたいに売れていたわけではないですが、部活は強制だったし、学業との両立が大変で…返事書く時間が段々取れなくなって…」
「ふうん…」
モールで貝谷がフードを取った際の香那の顔は、恐怖だけではなく、知ってる相手だったことによるショックもあったことが、理解できた。
「まあさ、いいさ。要するに、何か思うところがあったわけだ。そいつにさ」
「え?」
「別に過去のこと俺に話さなくてもいいよ。正直関係ないし、君が超売れっ子の“國分 香那”だってのも、どうでもいいんだ。変なやつから命を救えたんなら、刺された甲斐もあったってもんでしょ」
将都は片眉を下げ、苦笑しながら言った。
間違えば殺されていたかもしれない将都の、けろりとしている様に、香那は複雑な表情を浮かべ、また目に涙を浮かべた。
「本当にごめんなさい」
三木は、頭を下げる香那に、少し外の空気でも吸ってくるよう促し、マネージャーを廊下から呼んだ。
香那が病室を出ていくと、三木は改めて、将都に頭を下げた。
「押尾君、本当にありがとう…」
今回の一件は、男による女子高生への殺人を強行したということで、その被害者が香那であることはマスコミに知られていないらしい。
あの“香那”の命を救ったとなれば、将都も時の人にかなれるが、出来ればこのまま黙っていてくれないだろうかと、三木に頼まれた。
無用な騒ぎやスキャンダルは、極力起こしたくないという三木の香那に対する配慮だ。
そんな三木に、将都は首を横に振った。
「頭上げてくださいって。んなつもりないスから俺。助けた相手が誰かも知らなかったんだし」
売れっ子を相手に反応が薄いのも、売り出してる方としては微妙な気持ちではあったが、今回の一件に関わったのが将都で良かったと心底思った。
「あー…で、話の続きなんだが、いいかい?」
割って入るのを申し訳なさそうに確認する日浦。
そして病室では、もうしばらく、日浦の聴取が続いた。
貝谷が香那を襲おうとしてる瞬間のカメラの角度が微妙で、手にしたナイフが見えにくいことと、本当に香那の幼馴染ということで、将都に対して貝谷は訴訟を起こそうとしているらしいが、日浦もそうならないよう全力で捜査に当たると約束してくれた。
また、三木も腕のいい弁護士に相談をするので、仮に訴訟になっても特に生活が変わることないと言ってくれた。
「ところで、押尾君は…ご両親に連絡しなくていいのかね?」
日浦が帰り際に、将都にそんなことを尋ねた。
息子がナイフで刺されたのだ。
普通は、病院に一番に駆けつけそうなものだと思っての質問だ。
病院に運ばれた際、自宅に連絡するも、現れたの家政婦の岬だった。
「問題ないです。この岬さんは、保護者代行契約もしてる住み込み家政婦なので…」
将都がニコッと笑いそう返すと、日浦は頷いて病室を後にした。
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