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第一章ノンケの俺が開発されるまで 1-1 飲みすぎるとろくなことはない
俺は倉沢健吾。今年で三十路にかかる年齢だ。仕事一筋で今まで突き進んできたせいか恋愛事には浮いた話はない。
今日も社内研修のため中央にある研修センターにやってきた。
「うぅ。やっぱりまだ寒いなあ」
冬も終わりに近づき、時々晴れた日などは気温が高めになっていたのでつい普段よりも薄着で来てしまった。春物のスーツを新調したのでここぞとばかりに着てきたのである。
「見栄張っちゃったかなぁ」
俺の勤めてる会社は割と中堅で名が知れていて、それなりに研修等にも力を入れてる企業だ。今日は新しい企画の研修会議があるということで各支店から渉外担当者数名にお呼びがかかった。その中の一人が俺だ。
「おーい。倉沢、久しぶり」
少し猫背で歩いているところに、にこにこと声をかけてきたのは同期の安住だ。栗色の髪が陽に透けて淡く光る。くせ毛がふわふわとゆれて犬みたいに俺に駆け寄ってきた。
「よっ。元気にしてるかい?」
「ああ。相変わらずだよ。倉沢は今日は泊りだろ? これ終わったら飲みに行こうぜ」
「ん~。最終で帰るつもりで宿泊取ってないんだよな」
「じゃあ俺んちに泊まると良いよ。明日休みなんだろ?」
「いいのか? じゃあ泊まらせてもらおうかな?」
「おう!つまみが旨くて地酒が飲み比べできる店を探しといたんだ」
「本当か?そりゃ楽しみだなあ」
持つべきものは友達だな。研修で疲れて帰るだけだと思っていたがたまには気の知れた友人と朝まで飲んで羽目を外してもいいだろう。
「……わが社においても持続可能な開発目標に注目をおいており、環境もビジネスもサステナビリティが重要であり……」
「今後は財務情報だけでなく、環境や社会に配慮した事業をおこなっているかがその企業をみる判断材料となっていくでしょう。そのため、当社は今後……」
目の前のスライドを流しながら安住がテキパキと説明をしていく。さきほどとは打って変わってキリリとした口調で一部の隙も与えない雰囲気だ。女子社員たちの目がハートになってる気がするのは気のせいではないだろう。そうなのだ。同期で俺の友人でもあるこいつはモテるのだ。背も高くすらりとした手足に甘いマスク。人当たりも良く非の打ちどころがない奴なのだ。友人じゃなきゃ嫉妬の眼差しで見ていたかもしれない。
今回の企画は安住の部署の担当だったらしい。
「今日はたくさんの方にお集まりいただきありがとうございました」
「安住さんよろしかったらお食事でもいかがですかぁ?」
女子社員たちが安住の周りに詰め寄っていた。
「ごめんね。先約があるんだ」
苦笑をしながら俺に向かって手をふる。これは助けてくれって合図かな?
「悪い悪い。待たせたな」
俺が傍に近寄ると安住がほっとした顔をする。それでも女子たちが食い下がるように俺に向かって話し出す。
「どうせなら皆で飲みに行きましょうよ。大勢の方が楽しい……」
「僕、気が利かない女子には興味がないんだ」
さらりと爆弾発言を落として安住が俺の腕をとって歩き出した。
「お、おい。今のはちょっときついんじゃ……」
「いいんだよ。研修のプレゼンするたびにまとわりついて来られたらたまったもんじゃないからさ」
という事はあの女子らは毎回まとわりついてたって事か?
「はぁ。お前が羨ましいよ。俺なんか浮いた話ひとつないんだぜ」
「何言ってるんだ。倉沢は自分の価値を分かってないんだよ」
「自分の価値?」
「お前、女子たちに影でクールブラックって呼ばれてるの知ってるか?」
「はぁ? なんだよそれ?」
「近寄りがたいほどクールで理知的な黒髪の君って意味だよ」
「ぶほっ! はははは。誰だそんなこと言いだしたのは?」
「本当にな。あまりに的を得ていて僕も驚いたよ」
「いやいやいや、どこが的を得てるんだよ。からかうのもいい加減にしてくれ。それより腹が減ったぞ~」
「そうだった。今から行くのは和食メインの創作居酒屋なんだ」
「おおっなんかうまいもんが食えそうだな。楽しみだ」
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