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4-2
イベントも終了し本来ならばクライアントと食事会が用意されていたのを倉沢は早々に断り、淡々と仕事を続けていた。
「ビビるっす。室長、能面みたいに表情が動かないってよっぽど怒ってるんすね」
早瀬が僕のそばに来て小声で訴える。さすがにこういう時は室長呼びだ。とてもじゃないが軽口が叩ける雰囲気ではない。
「あの変な弁護士のせいっすね。なんすかねあの人。営業妨害っすよ」
僕は苦笑いをするしかなかった。早瀬も薄々は勘づいてはいるだろう。僕絡みだという事を。
自分の性癖に気づいてからはもっぱら相手にするのは男だった。それも出来るだけあとくされないような一夜限りの相手。タイプは黒髪で切れ長の目をしたスーツが似合うビジネスマン。互いに名前も電話番号も教えあう事はなくその筋の会員制の店でしか会わない。
「自業自得ってこういう事を言うんだろうな」
正直、最初の頃は遊んでいたと言われても仕方がない。自分をごまかすためにわざと酔ってはその気がありそうな相手に近づいていた。その中の一人があいつ、北島だった。
「まさか、弁護士だったなんて」
厄介なことになりそうだ。実は北島とは一夜限りではない。容姿が倉沢に似てる気がして何度か誘いに乗ったことがあるのだ。向こうは身体の相性がいいとかなり僕の事を気に入ってた気がする。あの頃はまだ倉沢が僕の事を受け入れてくれるなんて思っても見なくて自暴自棄になっていた。
だが、今日二人が並んでるのを見て昔の自分をぶん殴りたくなった。どこが似てると思っていたのだろう? まったく似ても似つかなかった。
皮肉っぽく笑う北島に対して凛とした表情の倉沢の鋭い眼差し。あの目にまっすぐに見つめられたら足が竦んでしまう。すべを見透かされてるようだ。倉沢が存在するだけで覇気が感じられ、北島とは人としての器量が違いすぎる。倉沢はすべてにおいて完ぺきだった。
「惚れ直した……って何を呑気なことを言ってるんだ僕は!」
倉沢に軽蔑されたらどうしよう……。生きて行けないかも。
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