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「ねぇ、椅子、座っていい?」
「ん?」
夜。
食事を終えて椅子に座り、眼鏡をかけて夕刊を読んでいた自分に絢音がやおら問うて来たので、藤次は小首を傾げる。
「そんなん、一々ワシの許可とるモンちゃうやろ。空いとる椅子かてあるし、座りたいんなら、座りや。」
「じゃあ、座る!」
言って、ちょこんと自分の膝の上に乗って縋りついてきたので、藤次は一瞬瞬いたが、直ぐに柔らかく微笑む。
「なんね甘えん坊。新聞、読めへんやろ?あっち座り。」
「いやぁ…この椅子が良いのぉ〜」
駄々っ子のように脚をプラプラさせて、首に手を回してピッタリくっついて離れようとしないので、とうとう藤次は新聞を読むのを諦めて、それを畳んで机に置き、眼鏡も取ろうとすると…
「眼鏡!アタシ取る!!」
「はあ、ほんならまあ、取って?」
「うん!」
そうしていそいそと、藤次の顔から眼鏡を取ると、絢音はそれを自分に掛けてみせると、澄まし顔でこう宣ってみせる。
「「…以上の観点から、検察としては被告人に、無期懲役を言い渡します!」」
その、自分のモノマネのような様に、藤次は思わず吹き出す。
「アホか!誰が被告人やねん。玩具ちゃうねんぞ?!大事な商売道具や!返し!!」
「いやぁ…もっと真似してやるんだから!「では被告人は、つまづいたのではなく、押された。そう仰るのですね?」…ホント、訛りのない眼鏡姿の藤次さん、別人みたいでおかしいったらありゃしない!!」
「当たり前や!記録に残る仕事なんやぞ?こないな口調で話せるかい!ホラ、返し!!…ええ加減にせんと、くすぐるぞ?!」
「イヤよ!もっともっと真似してやる!!次は…」
「コイツ…もう許さへんで!くすぐりの刑や!!」
「ならアタシも、仕返し!!」
そう言って、小さい椅子の上で大の大人がじゃれあっているもんだから、いつしか支えきれなくなった椅子は転倒し、2人は床に敷かれたラグの上に投げ出される。
「いったー。お前なあ、ちったあ加減言うもん覚え。相手すんのも一苦労や。」
「なによ。藤次さんだって、途中からノリノリだったじゃない。お互い様よ!」
言ってベェっと舌を出す彼女に、藤次はまた笑って、絢音の頭を撫でる。
「そうやって、すーぐムキになる。可愛い。」
「なによ。そうやって直ぐ子供扱いする。たった5歳違いじゃない。」
言ってむくれる絢音にそっとキスをして、藤次は耳元で囁く。
「…ほんなら、今からしたろか?オトナ扱い。お子ちゃまちゃん?」
その言葉に、絢音は顔を赤らめながらも不満そうに囁き返す。
「なによ。ずっとしてよ…ワタシ、あなたの女なんでしょ?藤次…」
「せや。お前は、俺の女や。絢音…」
そうして重なり合う2人を、横倒しされたままの椅子が、いつまでも見つめていた。
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