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人目につかないよう裏手にまわり、そこの非常階段を半分だけあがった。
踊り場に座って休憩する。
しばらくして、階段の下から女の子の声が聞こえた。
「あ、かわいー。にゃんこ~、おいで~」
大きな声ではなかったが、まわりが静かだったため俺にも聞こえた。
どうやら植え込みの間に猫がいるらしく、その猫に向かって手を伸ばしている。
おいでと言いつつ、自分からは近づかない。
猫は警戒心が強いので、必要以上に近寄ろうとすると逃げてしまう。それをわかったうえでの行動だろうか。
しばらく猫を見ていたようだったが、動かない猫を諦めたのか、その場でストレッチを始めた。
パーカーを着ていたが、下は道着のようだ。
大会の出場者なのだろう。
準備運動しに外に出てきたのかな。
そう思っていたら、彼女はイヤホンを耳にした。
俺も試合前、集中するためによく音楽を聴いていたな~、などと思いながらぼんやり見ていた。
左右を確認した彼女が、おもむろに踊り出したのでびっくりした。
え?なんでダンス?
空手の試合に来てんだよな?
不思議だったが、思いのほかダンスがうまくて見入ってしまった。
すると、あろうことか小さな歌声まで聞こえてきた。
え?ダンスしながら歌ってる?
しかも上手い。
この子何者?
そして、彼女が歌っている曲に度肝抜かされた。
その曲は俺も知っている。最近はやりのSEVEN SPICEというガールズグループの曲で、君が望むなら君の盾になろう、といって相手のために自分が犠牲になる歌だ。
自分たちも空手アニメの主題歌を担当しているため、空手をやっている子たちから『FIGHTER』を試合前に聞きます!勇気もらってます!とよく耳にするようになったのだが、彼女の選曲が自分を鼓舞する歌ではなく、まさかの自己犠牲で悲しい歌…。
なぜ試合前にその曲?
時間は短かったけれど、いろんな意味で衝撃を受けた。
「よし!」
そう言った彼女は、今度こそ空手の型をし始めた。
お?綺麗じゃん。
型の途中で後ろを振り返り、ふと上を見た彼女。
「あ」
非常階段にいる俺に気づいたようだ。
盗み見していたようで、少々居心地の悪さを感じながらも、何か言うべきかな、などと考えていた。
すると彼女は型をやめ、なぜか俺を睨んでその場を去って行った。
「いやいや、なんで俺が睨まれなきゃなんねーんだよ。俺なんも言ってねーし。そっちが勝手にそこで始めたんだろーが」
型は綺麗だったし、猫を見る時の顔は可愛かったのに、最後に睨まれたことがなんだか納得がいかなかった。
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