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輝明の恋人のことはほとんど知らないが、きっとよく愛された人だったのだろう。と、綺麗に磨き上げられた墓石と、優しく咲いている名も知らない仏花を見て感じた。
輝明はまだ彼女のことを語るほど傷が癒えていないせいか、墓参りを終える頃になっても表情は固く、無言のままだった。だが、墓に背を向け、帰ろうとしたところで、少し早い春の訪れを感じさせるような柔らかな風が吹き、輝明は足を止める。
「輝明?」
俺の呼びかけには応えず、輝明は後ろを振り返り、数秒間静止する。その横顔から悲壮感が溶けるように消えたかと思えば、つ、と一筋の雫がきらめきながら流れた。
「輝明」
肩にぽんと手を置いて、何気なく地面を見た俺は、目についたものを拾い上げ、輝明に差し出した。
輝明はそれを見て、ふっと笑う。
四つ葉のクローバーが、輝明のこれからに幸せがあるようにという彼女の願いを乗せ、美しく芽吹いていた。
「柊真、最後の頼みなんだが……」
「……うん」
輝明が俺を見る目に、驚きの色が宿る。
「てるあ……」
名前を呼びかけた途端、俺は自分の右頰を流れ落ちる涙に気がついた。
「あ、れ……」
困惑し、涙を拭おうとするも、左目からも溢れ、止めようとすればするほど、後から後から流れて止まらなくなった。
「柊真」
「へん、なの。俺、ただ、輝明がいなくなるのが寂しくて、そしたら何か泣けて……っ」
しゃくり上げれば、輝明は勢いよく俺を抱き締めた。
「てる……」
「柊真」
優しく呼びかけられたかと思うと、顎先を掬い取られ、柔らかな口づけが降ってきた。驚きで、ぴたりと涙が止まる。
「てるあ……ん、んう」
まるで喉が乾きすぎた人間が水分を求めるように、貪るように激しい口づけをした後に、輝明は耳元で囁いた。
「悪い。俺の最後のお願い、無理やり叶えてしまったから、もう一つ頼んでいいか」
続けられた台詞に、俺は嬉しさのあまり今度は自分から輝明にキスをしていた。
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