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4 夜明け前
底のない深い闇に包まれていた夜も、いつかは光が差し、夜明けを迎える。その一連の流れを表すかのように、輝明は少しずつ前進し、変わり始めた。
「柊真、一つ目に頼みたいことなんだが、今いいか?」
翌朝、かしこまった様子で言われ、何かと身構えれば、
「卵焼きを作ってほしい」
「へ?」
拍子抜けするほど小さな、可愛い願いに俺はきょとんとする。
「駄目か?」
「いや、いいけど。卵焼きって嫌いじゃなかったか?」
輝明は少し照れくさそうにしながら、打ち明けてくる。
「実は、未遂を繰り返し出した頃から、ろくに食べられなくなっていてな。あの時も気づいてて、気づかないふりをしていたんだと思ったんだが」
「え?あー……」
あの時の輝明の様子を思い出し、合点がいく。確かに口に入れたわけじゃないのに、もどすほど嫌いな食べ物というのはそうそうないかもしれない。
「じゃあ、すぐ作るから待っていてくれ」
「うん」
子どものように素直に頷き、輝明は俺について台所に来る。それから、出来上がるまできらきらした目で一心に見ているから、俺は微笑ましさで気持ちが温かくなった。
輝明が、いなくなるのか……。
美味しそうに食べている輝明を見て、最初の頃は水しか飲まなかったのと比べて安心したが、拭えない寂しさがあった。
「輝明」
「ん?」
「あ、いや……次の頼みごとは何だ?」
思わず、寂しいという本音が喉を突いて出かけたのを飲み込んで尋ねる。言ってしまった後で後悔した。頼みごとを全て叶える頃には、輝明はもうここにはいないのに、急かしてどうする。
俺のそんな内心の葛藤を知ってか知らずか、輝明は一瞬、何か言いたげに俺を見た。
「……?」
その瞳に俺と同じ感情が浮かんでいる気がして、そんなまさかな、と思ううちに、輝明は答えた。
「次の週末、墓参りに行きたいんだが、ついて来てくれないか」
「ああ。俺で良ければ」
即座に迷いなく応えると、輝明はほっとしたのか、柔らかく微笑んだ。
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