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3話 庇われ
あれから十数年が経った。
その間、何もなかったかのかと聞かれると話したいことは山程ある。
一つ目は、あの悪魔――姉ちゃんの名前だ。
俺が言葉を話せるようになってようやく教えてくれた。何で今まで教えてくれなかったのか、と質問するといつも「だって呼んでくれない子に教えても仕方ないでしょ」と返される。
何度聞いてもこの回答だ。
で、そんな姉ちゃんの名前だが――リリスって名前らしい。初めてその名前を知った感想としては、悪魔らしい名前だなぁそんな感じだった。
二つ目は、【魔法】や【魔術】、【錬金術】について学んだ。
この世界に転生してからというもの、不可思議な現象が多々起きている。側にそびえる大樹に近づくと身体がポカポカして何かが流れ込んでくる感覚。
姉ちゃんが言うにはこれが魔力というものらしい。
主には【魔法】を使うために必要とされるみたいだ。
それ以外にも術式を描いて発動する【魔術】。
様々な物質を用い、新たな物質を生成する【錬金術】。
魔力はそれらに用いられるようだ。
しかし赤ん坊の時、俺は無能力と鑑定に出ていたはず。ならその魔力はもちろん身体能力も皆無、なのだと思っていたが、その認識は姉ちゃんによってひっくり返された。
ちょうど三歳になった頃、食事をするたび姉ちゃんが噛んで柔らかくなった飯を口移しで食べさせてもらっていた。まあ、離乳食というやつだ。
その時は、食べることで必死だったけど、どうやら姉ちゃんの唾液には魔力を含んでいたらしく、知らない間に自分の体内に取り込んでいた、というわけだ。
で、その行為が俺と姉ちゃんの契約にも繋がっていたみたいで最初は驚いたものだ。
「姉ちゃんそろそろ出掛けたいんだけど」
「待ってネオ君。違うでしょこういう時は――」
「わかったよ、お姉ちゃん。一緒に野草を取りに行きたいです」
いや、恥ずかしすぎる……この歳になって血縁関係もないのにお姉ちゃんだと。
以前、名前呼びした時はなぜかブチギレられたし、この世界の常識がさっぱりわからん。
唯一周りに誰もいなかったのが救いだが、こんなの街中でやらされてみろ。身体はまだ子供だとしても、精神年齢は高い分さすがに萎える。
姉ちゃんとはかれこれ十年以上一緒に暮らしてるが、俺が転生者だとはまだ気づいてすらいないようだ。
たまに出る口癖や態度なんかでおかしいと思うはずなんだが、どうもそこら辺に関しては疎いというのか、興味関心がないのか、一度もそういう話になったことすらない。
「よろしい、お姉ちゃんがしっかりと守ってあげるからね」
こんな調子で毎日過ごしている。
基本、食事は自給自足。森に生えたキノコや野草を主食にしている。
だけどそんな生活を続けていると、どうしても身体が肉を欲する。それに力が湧いてこない。
想像してた何倍も過酷な森での生活。
初めは虫刺されに所々身体に違和感を憶えることもあった。けど人間不思議とその環境が当たり前になると馴染んでくるのだ。
今じゃ体調を崩すこと自体が珍しくも感じる。
俺と姉ちゃんが向かったのは、大樹からそう遠くない場所。この辺にイノシシと似た魔獣がたびたび現れる。それを仕留めて食べているわけだが。
どうも今日の森は普段より騒がしい。
木の葉が揺れる音以外にも鳥の囀り、獣のうめき声が響き渡る。
こういう時、大抵は人がこの森に立ち入った時だ。
ほんと野盗とかなら勘弁してくれよ、そう願うも虚しく見事なまでのフラグ回収をしてしまった。
風に乗せられ聞こえる「金、銀、財宝」といった言葉。
それに「周囲を見回れ」といった何かに警戒しているような言葉も聞こえてきた。単語が何個も聞こえてくるだけで、その前後の会話はまったく聞こえない。
あまり面倒な事態に巻き込まれるのは、得策な判断ではない。
だから今日のところは悔しいが肉を諦めてさっさと大樹の元に帰った方がよさそうだ。
声がする方を見ながらゆっくりと後ろに歩く。
しかしここでホラー映画とかでよくあるハプニングに陥ってしまった。
小枝を踏んでしまったのだ。パキッと大きな音を立てるも向こうは気づいてる様子じゃない。
「助かった……」
安心していると、突然茂みから現れた剣を構えた男。
黒い布で顔を覆い隠し、その隙間から目を覗かせている。小汚い格好と言えばいいのか、ツーンとした臭いが鼻を抜ける。
「まさかオレらの会話が聞かれてたとは。コイツは殺して置かねぇとな」
「ちょ、ちょっタンマ!」
そんな俺の言葉も無視して勢いよく構えていた剣を振り下ろした。
赤ん坊の時、捨てられ餓死を逃れたと思えば、十数年でまたこの有様。次は剣でたたっ斬られて死亡ってか。
この世界にきてからというもの、何度も死にかけては回避してきた気がする。
自分でも惨めに思う。
っていうか、ここまで可哀想な人生送ってるやつ他にいるか?
いない、絶対にいない。断言できる。
「死ねやああああああ!!」
俺は男の威勢と声で恐怖し塞ぎこんだ。
しかし痛みもなにも斬られた感覚すらない。
そんな状態に疑問を持った俺は顔を上げた。
すると俺の前には身代わりとなって左目を斬られた姉ちゃんの姿があった。
ポタポタっと鮮血が額を伝って地面に流れ落ちる。
「大丈夫? 怪我はないネオ君」
「うん……」
その一言しか返せなかった。
目の前で起きたあまりにもショッキングな出来事に頭が真っ白になっていたのだ。
しかし男は止まらなかった。
再び剣を振り上げると、目をやられた姉ちゃんに向かって振り下ろした。
けど、なぜかわからない。恐怖で声も上げれず、身体は震えてるというのに姉ちゃんを庇うため、勝手に身体が動いていた。
もちろん庇ったことで俺は胸から腹にかけて傷を負ってしまった。その傷から流れる鮮血は止まることを知らない。
身体がポカポカしている。
あまりの出血量に身体が反応してるのだろうか?
だが今になっては関係ない。
俺はもう出血多量によって死ぬんだからな。
最後に姉ちゃんにあの時助けてもらった恩返しができてよかったのかもしれない。
「姉ちゃん……」
俺は地面に倒れた。
視界がぼやける中でも俺は姉ちゃんだけを見ている。
血の涙を流し、黒くておぞましいオーラをその身に纏っている。
その異様な光景に男は怯えているようにも見えた。
「…………姉ちゃん?」
「待っててね、すぐ終わらせる」
「ダメだよ……姉ちゃん」
深い傷を負いながらも、這って俺は姉ちゃんの足を掴んだ。そして暴走を止めようと試みるもすでに正気を失っている様子だった。
いくら声をかけても反応すらしてくれない。
そんないつもと違う雰囲気に俺は涙した。
俺がこの惨状を引き起こしてしまったことが原因だと思ったからだ。
昔話で一国を滅ぼした話をしてたが、あの時見た顔はどこか悲しそうだった。無理に笑顔を作って、悲しみを押し殺しているように見えた。
確かに、あの時が初めてだったかもしれない。
自分のことを話してくれたのは……。
こんなにも優しくて気にかけてくれるのに、俺は昔話を聞いていたあの時、確かに震えていた。
怖くて恐ろしくて。
もし、もう一度姉ちゃんと話せるなら……ちゃんと謝りたい。素直な気持ちを伝えたい。感謝を伝えたい。
だって今の俺にとって姉ちゃんは紛れもなく家族であって姉同然なんだから。
そして俺の意識は少しずつ遠のいていった。
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