11話 ぶりっ子

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11話 ぶりっ子

 ピカピカに掃除された廊下、床に敷かれてある真赤な絨毯(じゅうたん)。それにすれ違うたびに浴びる冷たい視線。  編入生がそんなに珍しいものなのか? と疑問に思いつつも、姉ちゃんに気を配りながら廊下を移動する。 「なあ、姉ちゃん。さっきから妙に視線を感じるんだが」 「ごめんね、それお姉ちゃんのせいかも」 「どういうこと?」 「えっとね、本来、人は契約獣を使役するの。お姉ちゃんみたいな人の姿をしてる生き物じゃなくてね」 「でも、その話だと……姉ちゃんが悪魔ってバレてるってことじゃ」 「ううん、そうじゃないけど……お姉ちゃん、ネオ君の奴隷だと思われてるみたい。平民が奴隷を連れてるって感じで」 「あ~なんとなくわかったよ。まあ仕方ないよな。姉ちゃんと俺、ある意味特別な関係だし」 「と、とととくべちゅな関係って……きゃあああああ! お姉ちゃん嬉しいわ。そんな風にお姉ちゃんを見てたのね。そんな悪い子にはお仕置きよ」  姉ちゃんのテンションが爆上がりしている。  これじゃ止めようにも止められない。  その時だった。生徒会長が校舎内ではしゃいでいる俺と姉ちゃんを見かけたようで話しかけてきたのは。 「平民の分際で何を騒がしくしているのかしら?」 「うわ~」  思わず口に出してしまった呆れ声。  それに反応したのか、生徒会長は突然逆上してきたのだ。 「その反応、さすがは無粋な平民ね。名門貴族であるわたくしに頭を垂れないとは何事かしら」 「げっ……」 「その反応、あなた面白いのね」    ちょっと待てよ。口は相変わらずなものの、まったく嫌味を感じないのはなぜだ?  初めて会った時は、威圧感もあったのに今は違う。  まあ「平民風情が」とか言われたら、さすがにこいつ何だよってなるけどそれ以外は。 「おいおい会長があの男と親しげだぞ」 「うわ、マジか。あの会長が!? 笑顔なんて見せたことないのに」    所々から聞こえてくる生徒会長の印象。  確かに挨拶した時も笑ってなかったな。  けど今はクスクスと口を押さえて笑っているようにも見える。  これが彼女のほんとの姿なのか?  だいぶと印象が変わってしまった。いや待て、演技をしている可能性もある。 「あの子の笑顔は本物だよ」  そう耳元で囁く姉ちゃんの声に俺は頷いた。  長年生きていて、人嫌いな姉ちゃんが言うってことは間違いはないはず。 「おほん、では失礼。無粋な平民」 「平民は余計だっつうの」  しかし意外な場面に出くわしてしまった。  俺と生徒会長を見てた他のやつも言ってたけど、今まで笑ったことがないのか。  それなのにどうして……笑ったんだ?  でも学園長があそこまで彼女のことを言っていたのも気になる。一生徒に対してあそこまで言うって普通あり得るか? いや、ないだろう。  それに武術大会に勝利して学園長に何の特がある?  俺には勝利するメリットがそれなりにあるが。   でもそこだけが謎なんだよな。  まあいいか、教室に向かおう。  確か一限目は、“魔法に関する基礎”だったか。  教室の前に着くと、中から講義をしているであろう声が聞こえてくる。 「魔法は本来、詠唱なるものを必要としますが、魔術と呼ばれる術式――いわゆる計算式みたいなものです。それを把握していると、このように無詠唱で行使できるのです」  少し聞いただけでも、本格的な講義だと実感できた。それに改めてここは異世界なのだと実感もできる。  っていうより、講義が始まってるということは……俺、遅刻してるんじゃ? 「そこに気配がありますね。すぐ入りなさい」 「は、はい」  教室の扉を開けると、まるで大学のような階段状に机と椅子が固定されていた。  何十人もの生徒が講義を受けてるようで、皆が俺に注目する。  今、思えば貴族の生徒と平民の生徒とでは制服の色が違うみたいだ。貴族は赤い制服で胸元に鷹が描かれている。そして平民は緑の制服で胸元には何も描かれていない。  てっきり学年ごとに制服が違うと思っていたが、身分によってだったのか。  階級社会ならではといった感じだな。    「君が編入生か。学園長から聞いてる」  黒髪に魔導帽を被った女性。  一見、大人しく地味な感じの先生だが、   「はい、ネオと言います」 「あたしはシャロンだ。家名は?」  言葉遣いも結構男っぽい。  クール系女子ってやつかもしれない。  でも案外こういうタイプの女性の方が話しやすいんだよな。 「おい、聞いているのか?」 「えーっと何でしたっけ?」 「家名は? と聞いたんだバカモノ」  「家名はありません」  その言葉で教室中がザワザワし始めた。  やっぱり家名がないのは、違和感しかないのか。 「だったらネオでいいな。隣の女は?」 「ああ、えっと姉ちゃんです」  ザワザワしてた教室が一気に静まり返った。  こいつら全員ほんと忙しいやつらだな!  と、心の中で叫びつつも、姉ちゃんをどう説明したらいいかわからなかった。  すると、一人の男子生徒が声を上げた。 「オレ噂で聞いたんだけどよ。あの女、そのネオっていう平民の奴隷らしいぞ」 「マジかよ! でも平民で奴隷買う金あんのか?」 「知らねぇよ、んなこと。きたねぇ仕事でもして稼いでんじゃねぇの」  さんざんな言われようだ。  奴隷を買っただの、そもそも汚い仕事ってなんだよ。  あと平民が金持ってない言い方しやがって。  まあ持ってないけど、姉ちゃんのヒモだけどね。  家も姉ちゃん、食費も姉ちゃん、学費も姉ちゃん、さらにはお小遣いまで姉ちゃんだ。そう、俺の姉ちゃんはそこらの貴族より金持ちってことだ。  魔国の第一王女だし、単にそれが嫌で逃避行してるだけの話だ。 「ネオ君のお姉ちゃんです。名前はリリスって言います。みんなよろぴくね!」  キャラが変わってる、だと!?  俺にはあんなぶりっ子キャラ見せたことないぞ。  どちらかと言うと、いつもは完璧なまでのお姉ちゃんキャラで母性本能がもうすごいのよ。それにすぐ甘やかしてくれるおかげで俺はどんどんダメ人間になってる気がする。  それほどまでの姉ちゃんがこいつらの前ではぶりっ子キャラ。  この中の男子を狙ってるのか?  それとも女子か?  結構、可愛い子が多い印象だな。これは当りかもしれん。 「何だ姉か……本来は契約獣を連れ、ともに受講するのが基本。これはどういうことだ?」 「学園長から許可もらったぴ!」 「そ、そうか……なら仕方ない。ちなみにどういった理由で」 「ネオ君は自分のことが何もできないお姉ちゃんっ子なの。だから、お姉ちゃんが面倒を見てあげないとダメなの」 「ネオ、できるようになるんだ!」  俺に笑顔を向けているシャロン先生だが、目が全然笑っていない。  あれはどう見ても怒っているパターンだ。  姉ちゃんが度が過ぎることをするからだ。 「せんせ~い、確か独身なんっすよね」  さっきの男子生徒が声を上げると、シャロン先生の顔色が一気に赤く変わり始めた。  そろそろやばいんじゃないか? 「それが何だ、独身だが……何か文句あるのか!?」 「うわっ、先生こっわ。そんなんだから結婚できないんっすよ」  なぜ、あいつはどんどん状況を悪化させる。  俺に恨みでもあんのかよ!?   「できなくて悪かったな。いっそ先生もネオにもらって貰うか」 「ねぇ、大人しくしてると思ったら大間違いだよ。お姉ちゃんのことはボロカスに言おうと構わない。けどね、ネオ君を巻き込むようなことはしないで」     そんな姉ちゃんの言葉に教室にいた生徒全員が静かに頷いている。  姉ちゃん恐るべし。 「さて君らが黙ったところで講義を……その前にネオあそこに座れ」  シャロン先生が指さした場所は一人ポツンっと最後尾に座っている女子生徒の隣だった。
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