5話 理想

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5話 理想

 そんな過保護な姉ちゃんだが、俺以外の人族(ヒューマン)は気に入らないみたいで、 「お姉ちゃんね。ネオ君以外の人族は滅んじゃえって思ってるの。だって滅ぼしたらネオ君が怪我することないし、襲われたりすることもないでしょ?」 「うわ~、悪魔の考え方」 「だってお姉ちゃん悪魔だもん」 「知ってるよ、皮肉で言ったんだ」 「ああ~お姉ちゃん悲しいわ」  姉ちゃんは傷跡が残る左目に手をやった。  これは……私はまだ許してないわよ的なあれか!?  それとも単にからかってるだけか?  そっちがその手でくるなら、俺だって。 「あ、ああ傷が痛むううう!」 「大丈夫!? お姉ちゃんが今見てあげるからね」  あれ? もしかして本気で信じてる?  このままじゃ服を脱がされ全裸にされてしまう。  自分から招いたこととはいえ、さすがにこの展開は予想外だ。   「姉ちゃん嘘だって!」  「ひど~い。お姉ちゃんをからかったのね」 「ごめんって。それより姉ちゃん聞いてくれる?」 「うん? どうしたの?」 「姉ちゃんって理想郷(ユートピア)の話をするだろ。だから俺もどんな理想郷(ユートピア)がいいか考えてみたんだ」 「そうなの! 聞かせて」  俺の考えた理想郷(ユートピア)。  それは誰もが笑顔で優しく生きていける理想の世界。まるでおとぎ話のようだ、と言われそうだが俺は本心からこういう世界があったらいいなと思っている。  転生前もこの世界でも理不尽に振り回されてきた。しかしそんな理不尽の世の中でも優しい心を持った人はまだたくさんいるはず。  だからその人たちのためにも、俺はこの時初めて理想郷(ユートピア)というものを思い浮かべたんだ。 「でもね、ネオ君はまだまだ子供。このひろ~い世界のことまだ何も知らないでしょ?」 「俺はもう子供じゃない」 「そうよね……赤ちゃんの時に比べたら身体も男らしく育ちゃって」 「姉ちゃん俺の身体を眺めながら言わないでくれる。何か気持ち悪い変質者みたい」 「なっ! お姉ちゃんは変質者じゃなくて――」 「はいはい、ピチピチのお姉さんでしょ。っでさっき何を言いかけたの?」 「理想とする世界を目指すならまずは知識を得なきゃね。この世界にはどんな国があって、人族(ヒューマン)がどんな生活しているのかを。ついでに【魔法】や【魔術】、【錬金術】なんかも勉強してきたらいいわ」  おそらく姉ちゃんはどこかの学園に通うことを勧めているのだ。  でも簡単に言ってるけど、今や貴族でもない俺がどうやって金を支払い、通えばいいんだ?  それに平民扱いでこういう学園に入ると、真っ先にイジメの対象として狙われる。  まあ、これはマンガやアニメで得た知識だけど……ああ、でもそうか。学園に通ったのがきっかけで特殊な力に目覚めれば、俺最強ざまぁ展開なんかもあり得たりするのか?  それに俺が望む理想郷(ユートピア)を創りたいなら力や知識があってなんぼだ。   「姉ちゃん俺学園に行きたい!」 「なら早速、明日の明朝出発ね。この大樹にもちゃんとお礼を言っといてね。あなたを何度も救ってくれたんだから」 「うん! ありがとうお姉ちゃん」 「やっぱりこの響きいいわ~! は、違う違う。だから今日は早めに寝るのよ」  俺にそう伝えて姉ちゃんは黒翼を広げて空に向かって飛び去った。  どこに行ったかはわからない。  でも姉ちゃんはこの世界の誰よりも俺を愛してくれている。家族として。  だから多分、明日に必要な物を買いに行ったに違いない。  この大樹から離れると危険。  そうわかっているから俺は姉ちゃんが帰るまで大樹の下で待ち続けた。 *  どうやら俺は寝てしまっていたらしい。  まだ日は昇っていない。  姉ちゃんが帰ってきた形跡すらない。  こんな時間になっても帰ってこないのは少し心配だ。   「姉ちゃんまだかな……」  いつから俺はこんなにも一人でいることに不安を感じるようになったのだろう。  ずっと独り、そんな生活に慣れていたはずだった。  やっぱり誰かと一緒に暮らす楽しさ、明るさを知ってしまったからか? 「お待たせ! 帰ったよネオ君!」 「お、おかえり」 「どうしたの? なんで泣いてるの?」 「え? 俺が泣いてる?」  目元に手を当て確かめる。  すると一粒の涙が付いた。 「何で涙なんか」  そう言って袖で強く涙を拭う。  けど、涙はどんどん溢れてきて止まることを知らない。それに涙を流している理由、わからないフリをしているだけで、俺自身が一番理解している。  姉ちゃんが帰ってきてくれて安心した、そんな涙だということに。 「大丈夫よ、怖い夢でも見たの?」  姉ちゃんはそっと俺を抱き寄せる。  この温もり、匂いに安心する。  ほんと恥ずかしい話だ。  精神年齢はとっくに二十になった大人だというのに今だ親離れ、姉ちゃん離れができていないのだから。 「姉ちゃんもう大丈夫」 「そ、そう? まだ日が昇るまで時間もあるし一緒に寝てあげようか?」  心配して気を遣ってくれる姉ちゃん。  今日だけは、甘えてもいいのかな?  学園に行ったら最後は離ればなれになってしまう。だから今だけ、この瞬間を大切にしたい。  俺は姉ちゃんに抱き締めてもらいながらもう一度眠りに就いた。 * 「いやん! ネオ君のエッチ」  俺は色っぽいそんな姉ちゃんの声で目を覚ました。  手を動かすと柔らかくてふわふわした物が手の感触から伝わってくる。これは間違いない。この柔らかさ、吸い付いてくるような感じ、強く握った時の弾力、手のひらに収まりきらないほどのたわわに実った果実。 「こ、これはお、おぱい?」 「もうネオ君動揺しすぎだよ。それは魔物のスライム。何と想像してたの? もしかしてお姉ちゃんのお――」 「って、なんでここに魔物が!?」 「その子、悪さしないから安心して。枕になると思ってネオ君の頭の下に置いたんだけど……」 「置いたんだけど、なに?」 「お姉ちゃんも最初は勘違いじゃないかって驚いたのよ。だって『姉ちゃん姉ちゃん』って言ってその子を抱き締めるんだもの」 「絶対嘘だ! ほら話だ! 俺がそんなこと言うはず……」 「まあ、ネオ君はお姉ちゃんのこと大好きだもんね。もっと大きくなったらお姉ちゃん結婚してあげてもいいよ」 「ち、痴女だ……いや、悪魔だから普通か」 「誰が痴女って? お姉ちゃんは純潔よ、処女よ。確かめてみる?」 「はい、結構です」  偉く長話していた気もするが、ようやく空に日が昇り始めた。明るくなってきたところでとうとう姉ちゃんと俺の別れの時。  この十年ちょっと色んなことがあったけど、とても楽しかった。  さよなら姉ちゃん。  ってよくよく考えれば、俺どこに向かえばいいんだ? 「姉ちゃん俺……?」  と投げ掛けた時、姉ちゃんは真剣な眼差しで地面に何かを描いている。  全然読めない、そもそも日本語とはまた違う。  複雑な記号みたいな感じだ。 「これはね魔術って言うのよ。今描いてるのは転移魔術。ネオ君がこれから通う学園――ブロッサム魔法・魔術学園の学園長のお部屋よ」 「でも急に行ったら」 「それは心配ないから安心して。お姉ちゃん昨夜、手土産を持って挨拶を済ませて置いたから」  術式が完成したのか、辺り一帯が白い光に包まれた。  その先には異様な次元の狭間。 「さあネオ君。ここに入って」 「姉ちゃんは?」 「仕方ないわね。だったらお姉ちゃんと手を繋いで行きましょ」  俺と姉ちゃんはお互いの手を強く握った。  絶対に離さないように。
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