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6話 真実
狭間を抜けると、とある部屋の前に着いた。
「遠慮はいらん入りたまえ」
扉の先から聞こえる年老いた声。
ここが姉ちゃんの言ってた学園長の部屋だろうか?
「いいネオ君。見惚れちゃダメよ絶対」
「誰がおじさんに見惚れるんだよ」
部屋入った瞬間、姉ちゃんの言葉が理解できた。
立派な机にイス、そこに腰掛けているのは、ぐうの音が出ないほどの美人さんだった。姉ちゃんと同じ白銀の髪、スタイルのいい身体、鋭い目つきに長いまつ毛、クールな女性って感じだ。
姉ちゃんとはまた違う色気があって油断したら理性を抑えられなくなる。
だったらさっきの年老いた声は何だったのか?
「ええと初めまして。ネオと言います。この学園で学びたいことがあって――」
「わたくしの名はセリーヌ・マルカス。この学園の学長並びに魔国の王代理をしているわ。ネオって言ったわね。器自体まだ未完成のようだけど……」
「その何を言って……器っていう意味が理解できないのですが」
「あなたがこの世界の知識を学びたい、と言っているとリリスから聞いているわ。けど、リリスまだこの子に話していなかったの?」
「ごめんなさい、言える勇気がなくて……。知ってしまったらお姉ちゃんのこと嫌いになるんじゃないかって」
まったく話が読めない。
器が未完成? この二人は何を言っているんだ?
でもここは口を出さず静かに聞いていた方が懸命かもしれない。焦って姉ちゃんに迷惑をかけることだけは避けたいからな。
「リリスはわたくしの孫にあたる。それも一国の姫として。しかし、いつしか責務を投げ出し、ほっつき歩いてた子が突然わたくしの元にきたかと思えば、この有り様よ」
その姉ちゃんの話と俺の話が何の関係があると言うんだ?
口元に手をやって考えていると、姉ちゃんが話し始めた。
「ごめんねネオ君。お姉ちゃん、ここから遥か北にある魔国の第一王女なんだ。そのプレッシャーって言うのかな? 逃げ出したくなってあの大樹の側で住んでたんだけど、近くで魔王様の気配がしたの。お姉ちゃんたち魔族が仕えるべき王のね」
「じゃあ、その気配が俺だったと?」
突拍子もない話だ。
もうめちゃくちゃ過ぎてどういう反応をしたらいいのかさえわからない。
「うん、だからあの日、屋敷にいたネオ君のお父さんを操って捨てるように誘導したの。本当はみんなあなたのこと愛していた。無能だろうと家族だからって」
「そ、そんな……全部姉ちゃんが仕組んだ、のか?」
「ごめんね、辛い思いさせて。でも守りたかった。このままじゃネオ君は……」
姉ちゃんは途中で口ごもった。
でも俺が魔王だと……いや魔王の器だったということか。けどその肝心な器ってどういうことだ。
だとしたら、姉ちゃんはあの時捨てられた、いや違うな。姉ちゃん策略によって捨てられた、が正しいな。
で、実はを助けたんじゃなくて器を守りたかったけ。ただそれだけだったんだ。
俺という人格ある存在は二の次。
この身体――器さえあったら俺は用なしだった、というわけだ。
「はははっ、笑える話だな。あの時、俺を助けたんじゃなくて全部計画の内だったってことか。それに野盗から庇ってくれたのも器に傷つけないため、そうなんだろ!?」
「ネオ君、違うの聞いて――」
「いい加減にしなさい!!」
俺の頬を強くぶったのは学園長だった。
叩かれてようやく我に返ったみたいだ。
あまりにも冷静じゃなかった。
今まで本当の家族みたいに育ててくれたのに俺はなんて仕打ちをしてしまったんだ。冷静じゃなかったとはいえ、ここまで言うつもりはなかったのに……。
感情のコントロールもできないなんて、俺はほんとガキのまんまだ。
「少しは冷静になったかしら?」
「はい……俺が悪かったです。ちゃんと話も聞かず先走って」
「ううん、ネオ君は悪くないよ。全部お姉ちゃんが悪かったの。もうネオ君には近づかない。だから許して」
「そうじゃないんだ! 姉ちゃんと過ごした時間が楽しかった。だから俺は全部を否定されたような気がして」
「確かにお姉ちゃんはね、器を守ろうとしただけだったの。でもね、ネオ君に名前を付けて一緒に暮らして心の中で何かが変わったの」
どうやら姉ちゃんは俺と暮らしたことで変化が起きたようだった。
事実として俺もそうだ。
姉ちゃんと過ごした日々があるからこそ、独りきりの悲しさも知ることができた。
姉ちゃんだからずっと側にいて欲しいそう思えたんだ。
「それでね、器としか見てなかったネオ君のことを愛してしまった。最初は嘘だと思った。だけどネオ君が野盗に襲われてた時、お姉ちゃんいても立ってもいられなかった」
「俺も同じ気持ちだった。だからあの時、姉ちゃんを守らないとって思ったんだ」
「いつも『姉ちゃん』って言って頼ってくれて本当の家族みたいに接してくれた。そんなネオ君が大好きになった! 赤ちゃんの時、小さな手でお姉ちゃんの指握ってくれたの覚えてる?」
「ごめん、そこまでは覚えてない」
「あの時、可愛いって思ったのはもちろんだったけど、すごく温もりを感じたの」
姉ちゃんがそこまで思ってくれていたとは……正直、驚きを隠せなかった。
確かに俺たち二人の中に絆は芽生えていたと思う。
俺だけが感じていた、それは確かにあったんだ。
よかった、本当によかった。
「多分その時、姉ちゃんの指を握ったのは、安心できたからだと思う。喋れない俺にずっと付き添ってくれて、話しかけてくれて大事に育ててくれたから」
「うん、ありがとうネオ君」
「はぁ、ようやく終わったようね。そのイチャラブっぶりは胸焼けがするわ」
「すみません」
「これからもリリスのことをよろしくネオ。それに魔国の――いいえ何でもないわ」
これでひとまず話は終わった。
最後、学園長が何かを言いかけたのかわからなかったが、重大なことじゃなかったのか?
多分、そうだ。
途中で口を噤んだってことは、そういうことだ。そういうことにして置こう。
それに姉ちゃんがどんな思いかも知れた。
まだ仮説の段階ではあるけど、野盗に斬られたはずの傷が翌朝になって治っていたあの現象も魔王の器だったからという理由で、さっきの話から何となく理解はできる。
言ってしまえば、俺は特種な体質だったってことだ。
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