ドキドキの赤スパ荒らし

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ドキドキの赤スパ荒らし

YouTubにおける「スーパーチャット」 推しが生配信している時に、応援メッセージと共に、推しが生きるための金を投げる応援機能である。 スーパーチャット、略して「スパチャ」は「愛」を伝える手段なのだ。 ワンルームマンションの一室で、YouTubの歌声配信者ネネが今日もパソコンの前でヘッドホンをつけて画面に笑いかける。 「みんな、今日も見に来てくれてありがとうございます!」 ローテーブルの上に置いたノート型パソコンの前でギター片手に座っている時間は、ネネの至福だ。 昼間は派遣社員としていつでも切り捨て御免の、替えの利く歯車として社会の一員をやっている。だが、このYouTubの配信時間だけは、替えの利かない何物でもない自分だ。 「100人のファンの前で歌う!」と大目標を掲げているネネだが、はっきり言って弱小も弱小のドへたくそ。歌ヘタ横好き。 そんな趣味アカウントで、歌自体はまるっきり人気がない。底辺配信者だ。 だが、最近は「変な方向」に注目を浴びてしまって、リスナーが無駄に増えている。その「変な方向」を引き起こすアイツ、その男がネネの悩みだった。 『ネネ、大好き!結婚しよう!』 今日も最高額設定1万円の課金を意味する「赤スパチャ」がコメント欄を占領している。 赤スパチャ、つまり高額課金が入ると配信画面の上部にメッセージが固定される。配信者に向かって課金したからぜひメッセージ読んでね!のリスナーからの熱い応援だ。だが、赤スパチャが連続すると配信画面が真っ赤に染まってしまうという弊害も起きる。 歌声配信者であるネネの生ライブ配信が始まると、すぐ高額赤スパチャを浴びせてくる最古参リスナーが「モガミ」だ。 「も、モガミさん、今日もスパチャありがとございますー」 引き攣る笑顔で、ネネはノートパソコン画面の向こう側へ向かって精一杯の誠意を見せる。しかし実際、ネネはモガミにうんざりしていた。 配信画面上部にはモガミによる「プロポーズ」赤スパチャが固定されているのが常である。配信画面のコメント欄がたくさんの書き込みで流れていく。 ーーコメント欄ーー (以後『』は全て赤スパチャ) ネネちゃ、あきらか笑顔引き攣ってる ウケる モガミ~スパチャし過ぎで完璧引かれてんじゃん ネトストざまあ 『認知されてないお前らよりマシ』 『雑魚愚民ども黙ってて』 口悪いなぁ でも一言喋る度にスパチャすんのエグ どう見ても富豪の行い ーーーー ネネは今日も荒れるコメント欄を眺めてため息をついた。モガミはネネ以外のリスナーたちへ異常に殺意が高く、周りのリスナーたちもなぜかモガミを煽っていくスタイルを貫く。 モガミを煽るとどうなるのかというと、ネネへの愛が加速するのだ。 コメント欄民は全てを理解して、この先のモガミの「お決まりの展開」を楽しみにしている。ネネのリスナーの9割9分はこれを見に来ていた。ネネは一応主催者として間を取り持ち、画面の向こうのファンに向けて手を振ってみる。 「み、みなさん、仲良くしてくださいねー」 ーーーー 『はーい、ネネのお手振り最高ーかわいー!』 モガミ、ネネちゃんにだけ従順なの草 ただの返事にも赤スパ 『僕、いい子にできるよー!』 『ネネのことずっと見てるからね』 『大好きだから!』 ここから地獄へご案内 ワクワク 『可愛いネネ』 『いっぱい見てると寿命伸びる』 『今すぐ結婚しよ!』 ーーーー モガミの大好きアピールが始まると、あっという間にコメント欄が真っ赤なスパチャで埋まり始める。ネネはヒッ!と喉を鳴らして、配信画面に向かって慌てて声をかける。 「ちょ、モガミさん!赤スパチャ連発はま、待ってください!コメ欄埋まっちゃう!私!私いっぱい貰い過ぎて正直困ってますから!」 ネネはここから始まる展開を止めようと、モガミにストップをかける。だが、従順なはずのモガミは赤スパチャだけは止めてくれない。 だってスパチャは「愛」だから。 ーーーー 『大好き結婚しよう』 『準備万端いつでもOK』 『すぐ嫁に来て』 ーーーー 「ちょっと、モガミさん待ってってば課金額ウナギ上ってもうコワイから!!」 配信画面の前で取り乱すネネに、コメント欄がさらに活気づく。 ーーーー 草草 赤スパチャで埋まるチャト欄 動揺するネネちゃ 現時点で赤スパ10万余裕で越えてまーす 俺はぶっちゃけこれを見に来てる ネネちゃんには悪いけど私も モガミの赤スパチャがコメ欄占領し過ぎ 金がゴミのようだ 私たちのモブ感ヤバい 『スパチャしねぇ無課金モブは黙ってモブってれば?』 全方位火炎放射器かお前は 二人の世界がお好きなんだね ーーーー 加速するコメ欄を追い切れないネネは、いくら言ってもやめないモガミに、ぷるぷると拳を握り締める。ネネの様子は全て配信画面にしっかり配信されている。 ーーーー ネネちゃ震えとる 来るヨ あれ来るよ、みんな集合 『ネネが息してる世界にいて幸せ!』 ーーーー まだ真っ赤に染まり続けるコメント欄に向かって、ネネはついに声を張ってしまった。 「くぉおおらぁあ!モガミー!スパチャし過ぎやめろって言ってるでしょぉお?!」 ブチ切れて画面に大声を出すネネに、赤スパチャが止まらない。 「今度やったらブロックするから!」 ーーーー 『だって可愛いから止まんない』 『怒ってても好き。ブロックしても好き』 ーーーー 「うるさぁあい!話きけぇ!」 ネネが配信画面に本気で怒っても、モガミはまるでひるまない。赤スパチャで画面が燃えるだけだ。 「何回ブロックしても巧妙にアカウント作ってきやがって!サングラスのアイコンで僕だよ主張してんじゃねぇよ!」 モガミアカウントはすでに何回もブロックしているが、同じアイコンをつけたアカウントが何度でもやってくる。その執念深さはネットストーカー、ネトストと言われても間違いなかった。 「モガミお前!ここまで来たらもう荒らしだからな!」 赤スパチャが舞えば舞うほど、配信画面に向かってネネが本気で怒れば怒るほど、画面の中のコメント欄民は大いに喜んだ。金がティッシュのように使い捨てられる豪快な現場は見ていてさぞ娯楽だろう。だが、ネネは何も面白くなかった。 ーーーー ネトストモガミにブチ切れネネちゃ キレると敬語を置き去りにするあたり素 今日もお決まり展開 美味しいテンドンごちです モガミ何回もブロックされ済みかぁ… 荒らし認定おめ ごもっとも 『ネネ、荒らしじゃないよ』 『愛だよ、モガミだよ。名前覚えて』 『結婚相手なんだから』 「うるさいな知ってるわ!お前の名前しか見えてねぇよコメント欄!」 ネトストが運命の人宣言 怖スギ 怒られてもめげないモガミ 間違いなく荒らし 『結婚式は和服派?どっちもだよね』 「スパチャで結婚打ち合わせやめぇえい!もういい!歌う!」 『ネネの歌、大好きー!』 ーーーー ケラケラ、ケラケラご馳走様とコメント欄民の笑いが止まらない。ネネはケラケラ笑いの中で、ギターを弾き始める。ネネが歌う間もコメント欄は「今日の赤スパ数はなんと!」と楽しそうに流れていく。ネネは誰も聞いてない今日の歌を歌って配信を終了した。 誰が聞いていなくても、歌はヘタでも、ネネは歌い続ける根性だけはあった。 ノートパソコンを勢いよくバンッと閉じて、ネネはワンルームの自室でさらに机をバンっと叩いた。 「誰も私の歌聞きに来てないじゃん!!」 ネネだってさすがに知っていた。配信を見に来る人が見たいのは、最古参リスナーモガミによる赤スパチャ攻撃と、それにキレるネネの「お決まり展開」なのだ。笑いの殿堂、吉田シン喜劇を何度でも見たいあの心理と同じだ。 モガミが赤スパチャ荒らしをするようになり「ネトストの課金額が天元突破なのに、配信者ブチギレ!見逃すな!」となんとも迷惑な情報が拡散された。 豪快に赤スパチャが舞うお決まり展開を求めるリスナーがどんどん増えている現状に、ネネは不満を募らせていた。 「私はお前に金貰いたいんじゃないんだよ!社会人で働いてるんだから金はもういい!私は歌を聞いてもらいたいの!欲しいのは夢なの!邪魔すんなよモガミ!」 社会の歯車ではない自分になれる歌声配信の時間。ネネの至福の時間がモガミの荒らしで犯されていく。ネネは日に日にモガミへの殺意を温めていた。
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