ドキドキの赤スパ荒らし

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◇◇◇ 日本中のどこにでもあって誰の記憶にも残らないようなFランク大学の教務課で、ネネは事務の仕事に勤しんでいた。 肩まで伸びた髪を飾り気もなく一つにまとめて、地味なオフィスカジュアルに身を包んでパソコンを機械的に叩く。 無機質な数字をパソコンに打ち込んで、顔も名前も一致しない学生が提出した不備ばかりの書類を見て椅子の背にもたれた。 「ハァ、早く帰りたい」 「ネネ、仕事ってスマホでゴシップを見る時間なのよ?知らないの?」 「私の知ってる仕事じゃないソレ」 「あーシンタケのタケル、今度は女子アナかぁ。お前はほんっとイケメンなのに尻が軽い。穴もユルそう。男ともヤってるな」 隣の席に座る同じく社員の同期・美知子はデスクの下で付け爪で飾った指先でスマホをイジって、今日のゴシップにぶつぶつ感想を述べる。 「またゴシップ」 「人の不幸ほど暇つぶしに最適なエンターテインメントはないよ?」 同僚の美智子は芸能ゴシップが大好きで、誰と誰が結婚した、離婚した、わいせつ行為だ、不倫だと毎日大忙しだ。仕事中にいくつゴシップを漁れるかにチャレンジしている。 上司は上司で美智子の仕事姿勢に見て見ぬふりを決め込み、デスクの上に置いたスマホで寝取られ動画を見ている。 以前に間違って大音量で「イヤンやめて!部長!私には夫がァン!」の嬌声が教務課全体に流れたときの地獄の沈黙は忘れられない。誰も仕事に熱なんてない職場だ。 「あー早く帰りたい」 「ちょっと誰か、お茶淹れてくれる?」 寝取られ動画視聴中の上司が誰かを指名する。美智子は上司の声を完全に無視したが、ネネは重い腰を上げてお茶を淹れ始めた。 狭い給湯室でお湯を沸かしながら、ネネは壁にもたれて天井の電気を仰ぎ見る。 (早く帰って、ギターと歌の練習をして、配信するぞー) 次の日にネネがいなくなったってきっと「あれ?このデスク誰が座ってた?」となるようなこの職場は、ネネの居場所じゃない。ここは時間を売ってお金をもらうところ。 でも歌を歌っているあの瞬間だけは、ネネがネネでいられる。 YouTubのネネちゃんねるは、ネネの居場所。 いつか100人のファンの前で歌いたいというネネの夢へ繋がる大事な場所なのだ。 なのに、なのにアイツはネネの大事な居場所を踏みにじる。 自室のワンルームでネネがギターを抱えて、ローテーブルの上に置いたパソコンの前に座って頬を痙攣させていた。 本日も紙切れのようにお金が赤スパチャとして配信画面に舞い散っている。モガミの赤スパが混んできて画面が全部赤く染まって、コメント欄民たちは陽気に騒ぎ、ネネはキレ散らかした。またお決まり通りにやってしまった。 『ネネの歌、今日も最高だった』 モガミの赤スパチャでしめくくられて、きっちり配信が終了した。 ネネはヘッドホンを外して、テーブルに額をぶつけて脱力する。配信でネネはもちろん歌を歌いきった。そのために配信しているのだ。絶対に歌いきる。 (でもこんな荒れた配信じゃ歌った気がしない!もう限界!!) 社会の歯車役の仕事をやっと終えて、自分なりの夢に向かって楽しく歌いたいだけなのに、モガミが聖域を犯す。怒りに震えるネネはノートパソコンを激しく打ち込み始めた。 モガミは確かにお金をくれる。だが、ネネが人に歌を聞いて欲しい想いを踏みにじっている。応援してくれるならそこをわかって欲しい。 (私は歌を聞いてもらいたいの!お決まりのテンドン芸をやりたいわけじゃない!) ついにブチ切れたネネは勢いで、YouTubのアカウントを通して、モガミのアカウントに怒りのメッセージを送ってしまった。チャット欄でもう止めて交渉をしてもスパチャが増えていくだけだ。埒が明かない。 直談判だ!
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