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すると、たかのちいさな声に周りの女たちがうんうん、と頷きあった。
「そりゃそうさね、これで旦那さまも、たかさんに見境なく手を出すこともなくなるだろうしね」
「ほんと、たかさん、気に入られていたから」
「やめてください。子どもの前です」
たかの語気強めの声に、飯場にいた女たちの目が一斉に戸口へと向いた。次の瞬間、女たちの視界に扉に半分身を隠すように一連の作業を覗いていた良太郎の姿が飛び込んでくる。
「おや、良ちゃん。いつからそこにいたんだい。盗み聞きなんてあんたみたいな子どものすることじゃないよ」
「……」
良太郎はなにも答えなかった。なおも忙しげな母の姿を一瞥したあと、ぎらりと年に似合わぬ鋭い目つきで飯場の女達を睨みつけると、毬栗頭を翻してその場から駆け去っていく。
「なんだい、なんだい。あの子は」
女のひとりが呆れたように語を発した。
「良ちゃんは高等小学校での成績はいいと聞くし、なかなかの男前だというのに、あの目つきだけはなんとかならないのかねぇ」
「そうねぇ、なんというかあれは、見る者の胸を抉る鋭さだよ。まるで鉈で斬りつけられるみたいだわ」
女たちが眉をへの字に曲げながらざわめくなか、たかはなにも言わずに炊事に没頭し、我が子への悪口をやり過ごしている。その目はあいも変わらず、ちょろちょろと燃える炎を見つめたままだ。
外の喧騒はますます賑やかに、春の風に乗って屋敷中を包み込んでいる。
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