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茜と帳は、山の中を進み続け、丘の上に来ていた。
山中の森が明けた先では、満点の星が空に広がっている。
まるで夜空の海だ。
どこまでも際限もなく広がっていた。
小さな悩みなら、吹き飛びそうなまでに美しい景色だった。
「わあぁ!すっごい空ねぇ…。
久我家の屋敷ですら、ここまでのものは見られないわ。」
「ここは昔、旭と一度だけ屋敷を抜け出して、来たことがある。
…まだ旭が洗脳される前で、ギリギリ可愛い頃だったな。」
呟いた帳の横顔は、夜空に負けず劣らず儚げで、綺麗だった。
茜は幼い旭と帳を想像して、微笑ましい気持ちになった。
「ふふ、その頃の旭と帳、是非とも見てみたかったわ。
写真とか残ってないの?」
「無い。旭は家を継ぐから腐るほどあるだろうが、私は記録には残らない存在だ。
写真など残って無い。」
断言した帳は、口調とは裏腹に、どこか悲しげにも見えた。
帳の手を、茜は両手で包み込んだ。
不思議そうに目を向けてくる帳に、茜は言う。
「それなら、これから二人で残していきましょう?
思い出なら二人居れば作れるのよ。」
帳は嬉しそうに笑った。
穏やかな切れ長の瞳が茜を見つめた。
帳は茜の手を引く。
気づくと茜は帳に抱きしめられていた。
「この景色を、茜にずっと見せたいと思っていた。
私には数少ない思い出の場所だからな。」
くすぐるような声。
帳の頭が茜の肩に、ぽす、と置かれたと思えば、猫か犬のようにぐりぐりと甘えられた。
「も、もう…仕方ないわね。」
茜が思わず笑みをこぼし、帳の頭を撫でていた。
「それはそうと…さっき当主に殴られて、大丈夫だったのか…?」
帳が顔を上げて、茜の顔を覗き込んでくる。
夜空に煌めく瞳が、心配するように揺れていた。
あまりの近さに驚いて茜が言葉を詰まらせると、帳が茜の頬に触れていた。
「と、帳…ッ、ち、近いわ…ッ」
顔を背けようとしたが、固定された手で目をそらせなかった。
「…もし、アザがあんたに残ったとしたら、私はあの男を一生許せなくなる。」
気恥ずかしさに茜が涙目になったのも、帳に気づかれただろうか。
「だ、大丈夫よ、きっと。
も、もう…痛くないもの。だから…」
茜が赤面し、狼狽えながら帳に言いかけた時だった。
「…見つけた。茜ちゃん。」
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