いっぱい

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 事の始まりは二十年前に溯る。  もちろん俺の記憶なんぞ残っちゃいない。育ての親のジイさんから聞いた話だ。  ジイさんはその日、病院から生まれたばかりの赤ん坊を一匹失敬した。親はこの街で一番の大富豪。誘拐はまんまと成功し、後は身代金をせしめるだけのはずだった。  ところが。  祝杯を上げようと入った酒場で、ジイさんは入れ歯が飛び出すほど驚いた。バートン家の息子、レイモンドが無事誕生したとのニュースが、新聞に載っていたからだ。  どうやらジイさんが誘拐したのは、双子の片割れだったらしい。それをいいことに、バートン家は赤ん坊ごと事件を黙殺したのだ。  しかし転んでもタダじゃ起きないのが、真の悪党だ。赤ん坊がすくすくと一人前の悪ガキに育った頃、ジイさんは突如教育方針を変更した。  別に悔い改めた訳じゃない。もっと大きな犯罪(ヤマ)を考えついただけだ。  手術でピアスの穴やナイフの傷を消し、礼儀作法から帝王学まで、バートン家の後継者に必要な知識を叩き込む。さらにCGで作った館で、レイモンドの生活を忠実に再現させる。  その涙ぐましい努力の集大成が、つまり俺って訳だ。この屋敷のことなら、庭に咲くバラの種類まで知っている。  長い長い準備に比べれば、実行は実に簡単だった。双子の兄を名乗ってレイモンドをおびき出す。そして──  
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