内陸線と金平糖

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「ママ、鉄橋ゆっくりだった」 「5キロくらいじゃね?」 「こまちより遅い」 「なんで新幹線と比べた」  またトンネル。  ちょっと眠いな。  息子、ママは寝るぞ。 「ママ、縄文にキツネいたよ」 「ん…ママ寝てるんだが」 「キツネ」 「そうかよかったな」 「また先頭行く」 「いてら。こけんなよ」  狐。  なんだそれ?  広告にでも描いてあったのか?    トンネルは何度もやって来る。山間だもんね。  もう絶景も見えないし、寝る。 「金平糖ちょうだい」 「ママ寝てるんだってば。好きにせい」  私は面倒臭くて目も開けずに答えた。  なんだ結局自分で食うんかい。  私は角館で力尽きたのだ。  息子よ、母をほっといてくれ。  あと阿仁合で起こしてくれ。   「ママ、次阿仁合だって!」 「ふぁ!? ガチ寝したわ。よく起こした」 「ママ金平糖の瓶は?」 「あんた持ってったでしょ」 「ないよ」  車窓からずっと外を眺めていたはずの小瓶は、息子が食べた黄色の空き瓶しかない。  ピンク、ブルー、どこだ。応答してくれ。 「ごめん、わからん。あ、駅に着く前に空っぽの縄文撮っておこうよ」 「撮る!」  私は薄暗い縄文号の車内を窓に張り付きゼロ距離で撮影すると、ちょうど到着した阿仁合駅で降りた。  ついでに息子と縄文号の切り離しを見てから、三角の駅舎に入る。  息子の遊びで乗ったけど、なかなかいい旅だった。  駅には旦那が迎えに来てる。  ごめん、お土産の金平糖はないぜ…  あいつら、車内で行方不明に…  でも角館でプリンはゲットしたから! 「パパ! 回送の縄文と来たよ! 切り離し見た! ママ、空っぽの写真は?」 「ん、これ」 「あとパパの金平糖」 「だからないって。あんた持ってったんじゃないの?」 「持ってってないよ? ねえパパ見てこれ誰も乗ってないの!」  息子が私からスマホをひったくる。 「でもキツネが乗ってたんだよ」 「狐?」  だからなんだよ狐って。  そういうゆるキャラでもいたか?  そう思いスマホの写真を確認する。  ない。  そんなものはない。  なんなんだ狐。 「ん?」  狐はないけど、1番手前のシートに何かある。  拡大。 「ねえこれ金平糖の瓶じゃね?」 「これ! 紐がピンクと水色! ママ縄文で食べたの?」 「食べてねぇし縄文には乗れねぇ…なんぞ」  私がいつまでも写真を見ているうちに、息子は旦那と内陸線グッズを物色し始めた。 「狐、いたのかも」  あの長いトンネルの中、私が目も開けずに相手にしたのは息子ではなかったのかもしれない。  真相は分からんけど、”お狐様”のせいにした方が短い秋の奇跡って感じがして面白い。  息子が「買って!」という縄文号バッヂを1個買うと、私たちは駅舎前の鐘を3回鳴らしてから阿仁合駅を後にした。    汽笛が鳴って、1両だけになった列車は鷹巣目指して出発した。 おわり
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