0人が本棚に入れています
本棚に追加
「あちちちっ」
「むむむ。この先に、この先にあるのだ」
『ボンッ』
「ふわはっはっはっはっは。またしても失敗だ。しかも豪快。新進気鋭、こうでなければ」
「店長…」
「まゆみ君、まるでドリフの爆発の髪だ」
「店長!!、どうしてくれるんですかこの髪!?顔まで煤ついているし、それにドリフって何なんです?」
「何!?ドリフを知らない。笑いに革命を起こした集団」
「店長…この二年でアシスタント何人辞めましたっけ?」
「五人だが。それが?」
「異常だと思わないですか?残っているのは二人だけですよ。芸術志向が強過ぎだとは思わないんですか?芸術は爆発だとか、岡本太郎気取りも加減を知った方がいいのでは?」
「岡本太郎氏もサルバートールダリもガウディも常人に理解できない範疇で苦悩し続けたからこそ異次元な創作物を残した。続けるに限る。あいにく、この店は私一人で丁度の店。どうしても働かせてくれと祈願してきたのは君らで、続けられなくなったからいなくなったに過ぎないんでは?」
「店長は従業員に愛着とかはわかないんですか?」
「愚問だ。給料を払い、仕事も与えているが?君らは私の脳内を盗み、手先の技術を学びたくやってきた。あいにくだが、教える言葉を持ち合わせていない。通りの角に面し、太陽の光が差し込む店もいたって自然体、いびつな内装もない、店に無理に愛着をわかせる為のルールもない。普通なカットの要望もお応えする」
「それはそうですけど」
「私にとってキャンバスは首から上だけだ。友人に腕のいい板前がいるが、まゆみ君が言った事をちょくちょく言われるらしい。修行させてくれと来るが、根を上げて辞めていく。誰彼にでも技術を売れるわけではない。現に、金で買える芸術品はその時々の最高値を出す人に受け継がれる」
「職人気質過ぎなんじゃないでしょうか?」
「職人と芸術肌というのが同じ意味を持つならば否定はしない。現に個性を表現したい、体の一部分に頭部を選らんで勝負をしたいお客さんがここに来るではないか。彼らは街を歩けば奇抜な頭に注目されるのを喜んでいる。仲間内で作品となった髪型をまるで絵画のように批評する。髪は伸びる。芸術作品とは正当な保存方法を知らなければ廃れる。だから、彼らは再びやってくる。そして、会話が生まれ、好奇心が湧き、遊びを加えていく。髪も爪も死んだ細胞だ。死臭を担いで生きるのか、蘇らせてあげる努力を怠らないか。我々は死装束を着せて、墓を飾ってやる役目に似ている。言っていて思ったか、板前も死んだ魚を如何にして旨くそして綺麗に見せるかで見るもの、食べるものを魅了しているではないか。やはり、芸術性というのには死生観は切っては切り離せない」
「…よくはわからないですけど、そうなんですかね。店長が言うように、職業上、髪のケアが生き通っていない人を見ると残念な気持ちになります。墓地でも可哀想なお墓ってあるなあ。飛躍し過ぎ感じもしますけどね」
「無理に理解をする必要はない。だが、体にくっついている死んだ細胞らをもう一度輝かせようとするお客さんの尊い想いと、自由自在に変形するキャンバス、画板やアクリル板とは違う風が吹けばなびき、結えばひとまとめになる造形美で遊べる欲求が一致しているだけに過ぎない」
「なんだか、店長には言い負かされているだけに思えるんだよなあ、でも腕も一流で、認められているから、やっぱそうなんだろうってなっちゃうんですよね」
「まゆみ君は辞めたいと思った事はないのか?」
「ないわけじゃないです。悩みながら働いているたびに、店長がマジカルなデザインヘアーを完成させてお客さんがすごく満足しているのを見ると自分に甘さがあるんだろうなって考え直すんです。辞めていった子らは店長の人格を否定しますが、あれって結局は負け惜しみです。自分自身も薄々感じる劣等感を素直に受け入れたくなくて飛び抜けた才能の店長を傷つけて捨て台詞を吐きたくなる敗者の言葉なんです。到底、届かないとみせつけられちゃう。最初の方は凄くて、店長と働くことを光栄に思えたんだけど、埋まるどころか、差がついていく日々に自己嫌悪に陥るんですよね」
「いかなる業界もそうだ。」
「ですよね」
「髪の事を思うのは当たり前すぎる。普段の生活でどこからヒントを受けるかも大事だぞ」
「ありがとうございます。久々に店長から助言された気がします。店長とは店以外で会うことがないですからね。親睦とか無いのは無駄がなくて嬉しい反面、店長の境地の秘密を探る機会が無いので悲しくもあります」
「この間、釣りをして、板前に釣った魚をさばいてもらい食った。閃きの多い日だった。腕のいい料理人にかかれば、すでに光沢ある鱗を剥がれた魚が生前より艶っぽさを出す、装飾を施され魅力を倍増される。偽の餌に騙されて釣られて死んだのも悪くなかったと思っているように見えた」
「魚にはまっているんですね」
「かもしれないな。死を蘇らせる手先の勝負の為に頭を働かせ、目の前の玄人の客を満足させなければいけない緊張感は共通する」
「はあ、回る寿司しか食べてないからな」
「今度、連れていってやろうじゃないか」
「えええ、店長が?そんなお誘い初めてです」
「君の髪の毛と顔を実験道具にさせてもらったのに失敗した罪滅ぼしと言ったところかな。…ちょっ、ちょっと待った。そのまま正面を向いて」
「…え。はい」
「これも悪くは無いぞ。チリチリに膨れ上がった頭の両脇を後ろに流して、上は逆にボリュームを演出してやろう、そう、もっとこうだな。両脇をワックスで固めよう、うんうん、こっち側はあえて編むか。嫌いじゃ無いぞ」
「店長、いいかも、ゴスっぽいアンバランス、なんか自分を開発されている」
「はっはっはっは」
「お客さんの気持ちがわかった気がする。不安から解放される感激」
「はっはっはっは」
「よし、髪はこれでいいだろう。そしてまゆみ君が言ったようにゴスっぽい雰囲気を存分に盛り込もうじゃ無いか。自然に付着したおでこの煤を薄く伸ばす、グラデーションかけて目周りを黒っぽくしようじゃないか」
「すごい。自分じゃない…」
「おいどうした。…っていいそれもいい。涙が流れて目の下の煤に一筋のライン。偶然の賜物。そのまま!!写真を撮らせてくれ」
「馬鹿店長。でもありがとうございます」
「ん?感情を無視するな。怒りあってこその喜びへの転換。いいじゃないか」
「そうですね」
「よし、これをSNSに拡散しよう」
「ええ!?恥ずかしい」
「何を言う。最高の出来栄えだぞ。自分に自信を持ちなさい」
最初のコメントを投稿しよう!