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悠斗のセリフに、それまで取り付く島もない態度を取っていた涼真の様子に、劇的な変化が起こった。
その涼し気な目元には朱が走り、悔しそうな表情で口を開く。
「僕がテツヤの事を、愛してないわけがないじゃないか!」
「だったら、なんでこの前、上京してきた友人との約束を優先して、テツヤとデートするのをすっぽかしたんだ!? あれでどれだけテツヤが傷付いたと思ってるんだ?」
「だって、タカちゃんは初めての東京だったんだ。仕方ないじゃないかっ」
「お前のそういう所が、テツヤを苦しめているんだぞ。マサルがテツヤの恋人だっていうなら、恋人の不安を取り除いてやる為に、思い切って次の行動を起こすべきだって言ってんだよこっちは!」
「でも、テツヤだって勝手なところがあるじゃないか!」
突如始まった意味不明の痴話喧嘩だが、何故か中河はそれを止めることなく、平然としてそのやり取りを見守った。
言い争う涼真と悠斗の声はよく響くので、パーテーションで仕切られただけの編集部の打ち合わせ室には、二人の声は筒抜けに広まる。
そうしている内に、班長の岸がそっと姿を現した。
「……悪かったな、中河。遅くなった。山田先生との打ち合わせが長引いて……もしかして右近先生と左文字先生は、例のあれか?」
岸の問いかけに、中河はこくりと頷く。
「はい。トランス状態です」
「そうか――こうなると、こっちの声は届かなくなるんだよな。活きたキャラクターを生み出す作業とはいえ、毎回鬼気迫る迫力だな」
ホゥと息をつきながら、岸は中河の隣の椅子へと腰を下ろした。
そうして、上がっているネームに手早くチェックを入れる。
中河も原稿に目を落としながら、岸のチェックに細かく付箋を付けていく。
その前では、涼真と悠斗の愁嘆場が続いていた。
「テツヤは、マサルの事が本当は嫌いなんだろう! 田舎臭い野郎だってバカにしているんだ!」
「そんな訳がないじゃないか。テツヤは、マサルの事が世界で一番好きだ!」
さてこの二人、いったい何を言い争っているかというと……なんと、連載している漫画のキャラの話なのである。
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