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三人とも飛び上がって驚き、慌てて背後を振り返る。
すると、深紅のスーツに身を包んだ安藤マリサ社長が、腕を組んで仁王立ちしていた。
どうやら彼女は、今の会話を聞いていたらしい。
「O,Nは新しいメンズファッションとして、繊細な刺繍を施した服を作り上げたけれど、如何せんコスト面で採算が合わなくてアパレル業界から撤退せざるを得なかったのよ。現在はリリ・タケがO,Nの流れを継承して、刺繍をプリントに替えてフランスを本拠地に活躍しているわ。パリコレにも参加したはずよ」
「しゃ、社長はずいぶんとファッションにお詳しいんですね。さすがです!」
中河が、太鼓持ちの本領を発揮しようとヨイショするが。
マリサはそれを無視して、岸と甲斐を睥睨した。
「この情報は、当然だけど尾上も知っている筈よ。平良先生がどうしてもO,Nから離れないなら、代案にリリ・タケの名前を出すのが筋でしょうに、どうしてそれを口にしないのか問い質すべきね」
女王のように宣告するマリサに、岸は「確かにそうですね」と相槌を打つ。
「次号は巻頭でファッション特集を掲載する事が決まっているのだし、今一度編集長や平良先生も交えて会議をするべきかもしれません。そこで、譲るべきところは譲り、禍根を残さぬよう配慮を――」
「ちょっと待ってくださいよ」
甲斐は岸のセリフを遮ると、正面から安藤マリサに対峙した。
そうして、一度ゴクリと喉を鳴らしてから、意を決したように口を開く。
「どうして社長は『当然だけど尾上も知っている』と言い切れるんですか。あいつは確かにファッション畑から引っ張ってきたヤツですが、入社して間もないただの新人ですよ? 有象無象と居るデザイナーの名前全部を知っている訳がないでしょうが」
そもそも、安藤マリサもそうだが、どうしてO,Nの情報に尾上がそこまで詳しいのか大いに謎だ。
その疑問に、岸も中河も「言われてみればそうだな」と目を合わせる。
いくら尾上が優秀だとしても、無理がある話だ。
するとマリサは、フンっと鼻を鳴らして天を仰いだ。
「あらあら、あたしとした事が迂闊だったわね」
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