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「……社長?」 「あたしもO,Nのファンだったのよ。新進気鋭の若いデザイナーが発表したクラシック・スタイルのマチョ―刺繍が気に入ってね。ただ、アパレル業界まで手を広げるつもりは無かったから、そこの線引きはしっかりしたの」 「?」 「彼がデザイナーから身を引いたと知ったときは、さすがに動揺したわ。資金援助も一瞬考えたけど、その頃の出版業界は右肩下がりで、うちの文夏社も例に漏れずそうだった。あたしは誰のクビを切ることもなく文夏社を立て直すという使命があったから、そこはスッパリ諦めたのよ。その代わりに、いつか彼の力になれる時が来たら、その時は力を貸したいと思ってね」  マリサの懐古談に、岸、中河、甲斐の三人は訝しげな顔をする。  そして岸が三人の気持ちを代表するように、口を開いた。 「あの、社長がO,Nのファンだったというのは分かりましたが。それとこれと何の関係があるんでしょうか」 「ああ、もうっ! 本当に鈍いわね!」  察しの悪さに、マリサは舌打ちをした。 「O,Nの正体が、尾上なのよっ!」 「!!!!」 「尾上は学生時代に、コンクールで優勝した事を切っ掛けにデザイナーO,Nとして起業したのよ。でも経営の方は素人だったこともあって、上手く行かなかったようね」 「そんな事が――」 「彼が文夏社の就職面接に来たと知ったときは、あたしの権限で迷わず採用したわ。力になろうと思っていたからね。そして、彼の希望通りファッション編集部へ配属したけど」  あいにくと、ファッション関連は尤も下降線を辿っていた部署だった。  これだけSNSが発展した世の中では、わざわざ専門誌を買わなくてもどこぞのインフルエンサーが言う事で充分という事か。  このままでは、尾上が思ったような仕事は出来ぬだろうと考えたマリサは、BL編集部へと転属を命じたわけだ。 「ね? 分かった?」 「分かったも何も……それなら最初から教えてくださいよぉ!」
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