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2019年夏。
あの日も夕立の激しい日だった。
「何でこんな日に限って傘を忘れるかなぁ」
昇降口で雨空を見上げながら、ブーブーと口を尖らせて愚痴を言っていたら、ひょいっと視界に折りたたみ傘が差し出された。
振り返ると、浅田拡が背後に立って傘を手にしていた。
「ほら、これ使えよ」
「え……でも、それじゃあ」
「オレは置き傘があるから」
日に焼けた顔でニッコリと笑いながら、あいつはそう言ってきた。
(くっそー! 相変わらずカッコいいヤツだな)
思わず見とれて、ついつい顔が緩みそうになるのをどうにか堪えながら、オレは出来るだけ素っ気なく返事をする。
「それじゃあ、遠慮なく使わせてもらう」
「お礼はビックマックとポテトのセットな」
「いま、金欠」
即座に却下すると、浅田は目をパチクリとする。
そこですかさず、オレは別の提案をした。
「直ぐに出来るお礼があるんだけど」
「なに」
「……キス、かな」
オレには勝算があった。
その頃、浅田は何かとオレに構っていたし、きっとこいつはオレに気があるんだろうと。
だから、思い切ってこっちから誘ってやる事にしたんだ。
委員会が長引いたせいで殆どの生徒は既に下校しているし、この土砂降りの所為で周囲には誰もいない。
これはチャンスだ。
この至近距離で浅田が聞こえるのは、オレの声だけだろう。
「浅田も、ビックマックよりそっちの方が良いだろう?」
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