君の声が透明になった。

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「寒っ」  夏に来たときの海と、冬に訪れた海。  特別な変化は何もないはずなのに、まったく違う景色に見えてしまうのが不思議だった。 「波の音、煩いくらいだよ!」  夏の海は準備体操を無視したくなるほどの高揚感に溢れ返っていて、海の持つ華やかさや輝きに惹かれた俺は、よく彼女に怒られていた。  溺れるつもりなのか、って。 「でも」  冬の海は、君があんなにも恋い焦がれていた華やかさと輝きを失っていた。 「貸し切り!」  音が響くって表現は可笑しいような気もするけど、波音が鼓膜を破壊しそうなほどの勢いで響き渡る。 「誰もいないって、ある意味では凄いかも」  冬独特の激しい波とでも表現すれば、君に少しはリアルを伝えることができるかな。  恐らくは無理、かな。 「波音が凄いのは伝わってると思うんだけど」  2人で一緒だからこそ、感じられるものもあると思う。  2人一緒だからこそ、共有できるものもあると思うから。 「すっごく寂しい」  真冬に海を訪れようと思っている人はいないらしく、海は寂しいと叫びの波音を鳴らす。  俺という来客だけでは、この広大な海は満足してくれないらしい。 「やっぱり、夏に2人で来たい」  これじゃあ、罰ゲームだよ。  そんなことを呟くと、君から笑い声が零れてきたような気がする。
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